ダンディ坂野で天下を取った同級生と、パクチーでバズった私

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私が通っていた中学校は、所謂「落ち着いた」雰囲気の学校だった。たまたま大人しい生徒が多かったのか、生徒指導に厳しい先生が揃っていたのか。理由はわからないが、煙草や暴力、万引きなどの非行は聞いたことがなかった。

私が在校中に唯一問題となった非行といえば、校内で飴玉の袋が見つかったことくらいである。全校集会が開かれ、「学校に飴玉を持って来たことが ある・ない」「学校に飴玉を持って来ている人を見たことが ある・ない」というアンケートが配られた。当時からクール気取りの小心者であった私は、「これは大変なことになった」とビクビクしながらアンケートの「ない」に丸を付けた。

隣の中学のヤンキーが転校してきた時は大騒ぎであった。長い茶髪をオールバックに固め、広く開けたシャツに緩いネクタイ、そして極度の腰パン。ごくせんから飛び出して来たような出で立ちに我々は怯えつつも興味津々だったが、この学校には極道を祖父に持つツインテールの熱血教師もいなければ、型破りな元暴走族の金髪スケベ教師もいない。デカい不良にも臆せず「バスケットボールは…お好きですか?」と声をかけてくる女子もいないし、そもそもバスケ部がない。刺激に欠ける校風が肌に合わなかったのか、ヤンキーは三日で来なくなった。「なぜオレはあんなムダな時間を…」といったところであろうか。

そんな学校で平和に過ごし、中学三年生になった頃。とある一人の男子生徒がクラスに大フィーバーを巻き起こした。その彼と私は一年生の頃から仲が良く、何人かで彼の家に集まって漫画を読んだりすることもあった。彼は明るい性格ではあるが基本的に真面目なタイプで、特段クラスで目立つ行動をするような人物ではない。そんな彼に突然クラスメイトたちが夢中になったのは、「ゲッツ!のあと横に消えていく動き」が異常に上手いことが判明したためであった。

ゲッツ!

当時大流行していたダンディ坂野のギャグである。ゲッツ!の部分は勢いさえあれば誰でも真似できるイージーギャグだが、実はそのあと横にスーッと下がっていく動きの難易度が高い。彼はそれを完璧にやってのけたのである。最初、そのムーブメントは仲間内の小さなものであったが、次第にクラス中に知れ渡るようになり、彼は事あるごとに「ゲッツやって!」とせがまれるようになった。そのたび彼はゲッツ!と叫び、横に消えて行った。その動きは驚くほどスムーズで、本当にダンディ坂野そのものであった。彼は毎日クラスに爆笑をもたらした。彼の普段の真面目なキャラクターも相まって、何度見ても面白かった。元々仲が良かった私はそんな彼の人気に内心鼻が高かった。

ちょうど季節は秋。クラスの人気者となった彼は、満を持して学校祭でゲッツ!を披露することとなった。全校生徒が集まる中、照明が落とされた体育館で、二階の細い通路に突如スポットライトが当てられると、そこに立っていたのは制服のブレザーに馬鹿でかい蝶ネクタイを付けた彼であった。丸く照らされたスポットライトの中で彼は渾身のゲッツ!を決め、スムーズな動きで暗闇へと消えて行った。全校生徒が沸いた。ニューヒーローの誕生を称えるが如く、こだまする笑い声。そのあと場所をステージ上へと移し、彼は中学生として実にちょうど良く気の利いたダンディジョークを飛ばしては、次々とゲッツ!を決めていった。そのたび皆、狂ったように笑った。圧巻のステージであった。彼はクラスの人気者から、全校生徒の人気者となった。学校祭後、もはや校内で彼を知らぬ者はいなかった。彼が廊下を歩けば「ダンディさんだ!」と後輩たちが集まり、その度、彼は快くゲッツ!した。ゲッツ!して、ちゃんと横に消えた。つくづく律儀な男である。

しかし、青春時代の日々は移ろいやすい。受験シーズンに突入したこともあり、ダンディブームは下火になっていった。リクエストさえあれば彼は快くゲッツ!していたが、クラスの中ではもう飽きたという雰囲気がじわじわと広まり始め、あんなに彼を持てはやし取り囲んでいた人々の輪も疎らとなり、それぞれが元の距離感へと戻っていった。一人の人間がたった一つのギャグでのし上がり、そして降りていった。その一部始終を間近に見たことは、貴重な体験として私の中に残った。

 

あれから十数年。

私の身に思わぬ出来事が降りかかった。ツイートがバズったのである。

スマホが鳴り止まないとはよく聞く話だが本当で、通知の止まない夜が三日三晩続き、数週間経ってもまだ拡散されていた。しかし、止まない雨がないように、止まないバズもない。

私は知らず知らずのうちにバズの快楽に溺れていたのだろうか。通知がなくなると、まるでスマホが死んだかのような喪失感に襲われた。フォロワーが増えたのでツイートに反応してくれる人の数は増えたが、あの時のようなバズが巻き起こることはなく、以前はいいねが10も付けば嬉しかったはずなのに、物足りなく感じるようになった。バズ欲に翻弄されている、そんな自分に幻滅した。このままではバズに心を売る人間になってしまうのではないか。マックで女子高生のコスプレをしたり、バルスでボケようとしたり、猫アレルギーなのに猫を飼ったりしてしまうのではないか。そんな自分を想像し、打ち震えた。

しかし、あれから半年。今ではもうバズらない日々が当たり前になった。バズっていなくても、私のツイートや文章をいつも読んでくれる人たちがいる。とても有難いことである。

私はあの頃、彼にとっての、そういう存在でいられただろうか。ダンディではなくなった彼に、友人として変わらず寄り添えていただろうか。正直、昔のことで記憶が定かではない。

彼とはもう久しく会っていないが、結婚し、子どももいるらしい。いつかまた会えたら、あの頃の彼の気持ちを聞いてみたい。一発屋同士、その興奮と儚さを共感し合えるような気がする。そして、久々にゲッツ!をやってもらいたい。耐性がなくなっているから、間違いなく爆笑すると思う。

 

(サムネデザイン:コスモオナン)

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長瀬
雪深き北の大地からお送りいたします。「酒を飲み過ぎたおかげで天皇陛下からレスを頂戴した話」「KAZUYAを忘れない」「ウェディングドレスを試着したら原始時代が始まった」等、noteにエッセイを書いています。