雪が降ると思い出す、母の涙

田中タツ

2022年1月6日、関東の広い範囲で雪が降った。少しではあるが道路には雪が積もり、自分が住む首都圏でここまで降るのは久しぶりだった。雪を素直に喜べなくなったあたり、子ども心が薄れ、大人になった虚しさを感じる。

子どもの頃は雪遊びが楽しかったし、積もった雪を見てテンションが上がっていた。

しかし、それと同時に、雪が降ると妙に心がザワつく感覚もあった。後悔のような、トラウマのような…。

それはあの出来事がきっかけだ。小学校2年生の、あの雪の日。

K君との出会い

小2になり、新しい友達ができた。彼の名前はK君。小柄でかわいらしい彼には、5年生の兄がいた。その兄は運動神経が良く、校内ではちょっとした有名人。そんな兄を持つK君もまた、上級生からいつもかわいがられ、同級生からも一目置かれる存在だった。

彼には、そのかわいらしい見た目とは裏腹に、頭がキレるリーダー気質があった。気がつけば、クラスの中で運動神経が良い上位6人を束ねる隊長となっていた。自分はなぜかK君から一番気に入られており、隊長の右腕とも言える副隊長の座に君臨していた。

運動神経トップ7で構成された組織なだけに、ドッジボールも鬼ごっこもレベルは高い。楽しく遊んでいたが、校内で有名な兄を持つK君に対してはみんな多少気をつかっていたのを覚えている。そもそもK君自身は7人の中で運動神経は下の方だった。そんな彼が隊長を務めるのだから、組織は捻れていた。鬼ごっこでタッチできる走力があるのに、みんなK君にはタッチできないふりをする。気がつけばこの組織は、K君の独裁政権へと変化していった。

まるで新撰組

新撰組とは、幕末に京都の治安維持活動に従事した組織だ。この新撰組は、規律を守るために、局中法度という厳しいルールを敷いていた。ルールを破れば味方であっても切腹や暗殺を実行する。

我ら運動神経トップ7も、K君により厳しい局中法度が運用されていて、このルールを破ることで数名が組織から脱退を命じられることがあった。理不尽なルールも多かったため、徐々に組織内でK君への不信感が広がり、クラスでも「K君たちのグループ、なんか大変そうだね」と話題になっていた。そんな状況を見かねて、ついに担任からメスが入る。

「あなたたちの関係を『友達』とは言いません。K君を中心にして一緒に行動するのは禁止!」

これにより休み時間はメンバーで一緒に行動できなくなった。求心力を失くしかけてきたK君であったが、ひとりだけ心の支えがいた。それが隊長の右腕である、自分だった。

友達から主従関係へ

学校では一緒に行動しなくなったが、それは建前だった。K君が率いる組織の主な活動時間は放課後となる。K君への不信感は右腕の自分も抱いていたが、誰にも言えずにいた。なぜ違和感がありながらずっと一緒にいたのか。それは局中法度を破った友達が仲間外れになる姿を見て、ビビっていたからだ。

「自分も仲間外れにされないようにしないと」

そんな気持ちを抱いていた。はじめは本当に気の合う友達として楽しく遊んでいたと思う。先にも述べたように、多少は気を使っていたけれど対等な関係だった。それがいつしか、常にご機嫌を取るために顔色を伺うようになってしまい、一緒にいる楽しさはなくなっていた。

学区内でK君宅は最東端、自分の家は最西端に位置する。次第に組織の他メンバーはK君と距離を置くようになり、ついに二人きりで遊ぶようになっていた。放課後は真逆のK君宅に遊びに行く日々が続く。冬になると遊びに行っても日が暮れるのが早く、すぐに帰宅しなければならなくなった。

そしてある日、関東では珍しく雪が降ることに。

断ることができず、ついに大きな事件が起きる

雪が積もった校庭は、見慣れたはずの景色から白銀世界へと変わり、どこか別の街へ来たような気分にさせてくれた。

生徒たちは大興奮し、雪という非日常を楽しんでいる。学校では引き続きK君と別行動していたが、この日も放課後に遊ぶ約束をしていた。自分もK君も雪でテンションが上がっていた。そこでK君はこんな提案を持ちかける。

「雪で自転車乗れないし、お前家に帰らないでそのまま俺の家に遊びにきなよ!」

名案が閃いたようにK君は言ってきたが、正直それは良くないと思った。真っ直ぐ家に帰るようにと、耳にタコができるほど学校で指導されていたからだ。

しかし、断ることができなかった。

雪遊びをしながらK君と下校し、彼の家に着いた。罪悪感を紛らわすように、ゲームをして、お菓子を食べる。ひと通り遊んでから外をみると、かなり暗くなっていた。焦りと罪悪感でいっぱいになり、このときにはK君も焦っていた。少なからず彼もやってはいけないことをした自覚があったのだろう。暗い雪道のなかを歩けば真逆の自宅まで1時間以上かかる。恐怖で外に出ることができなくなり、二人は身動きが取れなくなっていた。

そこで一本の電話が鳴った。恐る恐るK君が電話に出る。

「お前のお母さんだ…」

記憶はここまでしかなく、母と電話で何を話したのかも覚えていない。

数分すると、K君宅に父の車が到着した。父がこの時間に家にいる事は普段ならまずあり得なかった。後から聞いたが、帰宅した形跡のない息子を心配した母が、父に連絡し慌てて仕事から帰ってきたそうだ。学校にも連絡し、教員総出で自分を探し回っていたという。警察への連絡も考えていた。雪が積もる暗い状況下で8歳の少年が行方不明なのだから、当然のことだろう。

白く染まった景色に、やたらと父の赤いミニクーパーが映えていたのを覚えている。

母との再会

実は小2になってから、父によく怒られていた。親の貯金箱からお金を盗みお菓子を買ったり、石を投げて父の車を傷つけたりと、今となっては信じられないことをしていた。きっとK君との関係でストレスが溜まり、どうしたらいいのかわからず心が不安定になっていたのだと思う。

車に乗り込むなり、すぐさま父に謝った。

「もういいから、帰ったらちゃんとお母さんに謝りなさい」

とだけ言われた。いつものようにこっぴどく叱られると思っていただけに、拍子抜けした。しかし、逆にこの優しい態度で、子どもながらにことの重大さを痛感したのだった。帰宅してからも、母とのことが全く記憶にない。怒られたのかも覚えていない。ただ、ひとつだけ覚えていることがある。ファンヒーターの前で暖を取っている自分を、母は強く抱き締めた。

そして自分の手に、確かに母の涙が落ちてきた。

大人が泣いている姿をこの日まで見たことがなかった。まさか母が泣くなんて、自分のたった8年間の人生では一番の衝撃である。心が大きく動いたこの瞬間は、20年経った今でも鮮明に覚えている。春になり、K君とはクラスも離れて関わらなくなった。K君は学年が上がるごとに、立ち居振る舞いが改善された。4年生頃からまた徐々に話すようになり、この頃には対等な立場で接するようになっていた。

時は2022年。自分も結婚し、まだ子どもはいないが当時どんな気持ちで父と母が自分を探し回っていたのか、今なら痛いほどわかる。決していい体験ではないが、親の愛をあの雪の日に初めて感じることができた。

雪が降るたび、自分の手に落ちた母の涙を思い出す。
(編集:中村洋太)