禁煙外来に行ったら仏様がいた話

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「本気でやめる決心を持ってきてください。」
初めて禁煙外来に電話した時そう言われました。

病院にかかる時、保険証や診察費を持ってこいと言わず、心構えを問うてくるとは誰が想像できるでしょう。

私は震えました。決してニコチンが抜けた禁断症状ではありません。これから想像を絶する厳しい治療が始まるのではないかと内心ビビッていたのです。

【この記事は、なかなかタバコをやめられない筆者(30代男)が初めて禁煙外来に行った体験記です。お医者さんから受けた説明などを基に、筆者(素人)の解釈で書いています。】

目次

自力でやめられないならば

みなさんにも「わかっちゃいるけどやめられない」ものが一つや二つあるのではないでしょうか。酒の〆にラーメン、夜更かししてゲームなどなど。私にとってその筆頭格がタバコでした。断続的な禁煙期間も含めると、喫煙歴は15年ほどです。

これまで何度も禁煙に挑戦したのですが、結局いつも失敗に終わり喫煙生活に舞い戻っていました。直近は1年以上禁煙を継続していたのですが、今年の春ごろからまた吸い始めて現在に至ります。

さすがに今回の禁煙失敗は堪えました。1年もやめてたら、普通はそのまま継続できるだろうに。こんな有様ではさすがに「永遠にやめられないのでは」と不安になります。この悪循環に終止符を打ちたい気持ちが日に日に強まっていきました。

しかし、これまで通り無策で挑んではどうせまた吸い始めるに決まっています。私の堪え性のなさを侮ってはいけない。

そこで頼りになるのはやはり医学の力です。「禁煙外来」というのがあるとCMで見たことがあります。前々から気になっていたので、この機会に挑戦しようと決めました。

 頭の中は地獄絵図

調べてみると、条件を満たせば保険診療も可能だそうです。35歳未満であれば喫煙本数や年数によらず保険適用となるのですが、35歳以上だといくつか条件がありました。

以下の要件をすべて満たした方のみ、12週間に5回の禁煙治療に健康保険が適用されます。
1. ニコチン依存症に係るスクリーニングテスト(TDS)で5点以上、ニコチン依存症と診断された方
2. 35歳以上の場合、ブリンクマン指数(=1日の喫煙本数×喫煙年数)が200以上の方
3. 直ちに禁煙することを希望されている方
4. 「禁煙治療のための標準手順書」[2]に則った禁煙治療について説明を受け、当該治療を受けることを文書により同意された方

引用:谷口 千枝 「禁煙治療ってどんなもの?」. e-ヘルスネット. 厚生労働省(2020)
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/tobacco/t-06-007.html

さっそく家から近い病院を選んで電話し、禁煙外来を希望すると伝えました。私が受診する病院の場合は特に予約や紹介は不要で、都合の良い日時に訪問すればいいようです。

念のため、保険証以外に必要な持ち物はないか尋ねておきました。すると電話口の病院スタッフは少し間をおいた後、冒頭の通り「では、本気でやめる決心を持ってきてください」とおっしゃったのです。

まさか事前の電話でこんな言葉が飛び出すとは思いもせず、不安や恐怖が芽生えました。え、ちょっと待って。これから何が始まるんですか。八大地獄の責め苦が頭をよぎります。

とはいえ、この機を逃すと次はない気がします。失敗して己の駄目さに情けなくなるのはもう嫌です。必死に心を落ち着かせて病院へ向かう決心を固めました。

タバコを断たせる仏様

重たい気持ちを引きずりつつ、なんとか病院にたどり着きました。まずは問診票の記入。その場で測った体温や常飲している薬、アレルギーなどについて書く一般的なものと、喫煙習慣やニコチンの依存度を測るチェックリストに記入しました。おそらくさっき引用したスクリーニングテストの一環でしょう。

待合室のイメージ画像(禁煙外来レポート)

しばらく順番を待って、さあ初診の時間です。いったいどんな責め苦が、いや診療が待っているのか。ここ最近で一番緊張していたと思います。

ところが、「どうぞ」と言われて扉を開けた診察室では、二重マスクでも穏やかな空気が伝わるくらい柔和な表情をしたお医者さんが座っていました。もちろん目元くらいしか見えないわけですが、目じりにしわを寄せてほほ笑む姿は仏様のようです。こちらは閻魔大王の尋問を想像していたので、地獄に仏とはこのことかと一人で納得していました。先生のアルカイックスマイルと共に終始穏やかな空気で診察は進み、抱いていた妄想が消え去るまでそう時間はかかりませんでした。

禁煙治療は12週間にわたり行い、病院での診察は初診と再診4回の計5回あります。私の場合は6月1日に病院へ行きましたので、8月末には終わる計算です。あれ、想像していたよりずいぶん楽ちん。

また、治療には補助薬を使うとの説明を受けました。服用するのは、タバコに含まれるニコチンと脳にあるニコチン受容体が結びつくのをじゃまする錠剤です。先生いわく、早い話が「タバコを美味しく感じなくさせる薬」です。「タバコを吸っても幸福感を得られなくする薬」と言い換えられるかもしれません。図にするときっとこんな感じ(ニコチンや受容体の形は適当です)。

薬の効果イメージ(禁煙外来レポート)
禁煙治療薬の効果イメージ
(お医者さんの説明をもとに筆者が作成)

ちなみに、診察を受けるまではニコチンが入ったガムやパッチなんかを使うのかと思っていました。その昔、タバコをモチーフにしたホラーなマスコットのCMを見た記憶がありましたからね。これらは離脱症状(ニコチンが切れてイライラする症状など)を抑制しつつ、だんだんニコチンがない状態に慣らす目的のもので、私の治療には使用しないそうです。

そのほかにもタバコの害や禁煙するメリットについて丁寧に説明してもらったり、呼気中の有害物質を測定したりして、最初の診察はつつがなく進行しました。

そろそろ診察も終わりかなと思っていたら、先生から「あ、そうそう。最初の8日間はどうしても吸いたかったら吸ってもいいからね」とまさかの発言。え、いいんですか? ただし、「薬が効いてくるとただ煙たいだけで、不味く感じると思うけどね」とのことでした。

離脱症状がきついなら例外的に吸ってもいいの?もしかすると薬の効果を利用して、「タバコ=不味いもの」と認識の上書きを狙っているのでしょうか。どんな感じ方になるのか若干興味を覚えましたが、残ったタバコは出がけにゴミ箱へ叩き込んできたから確かめる術はありません。ええ、ないはずですとも。

酒屋トラップはむしろ僥倖

禁煙を始めて最初の数週間は、しばしば「タバコ吸いたいなあ」と考えていました。机に向かって仕事をしているとフッと集中力が途切れる瞬間がありますよね。そのタイミングで吸いたくなるんです。タバコの悪臭が、生活の悪習として染みついていたわけですね。うまいこと言ったつもりか。

ところが、ある日意識が変わる出来事がありました。禁煙から1カ月ほど経ち、近所の酒屋を通ったときのことです。軒先の喫煙所で気持ちよさそうにタバコをふかしているおっちゃんの煙をうっかり盛大に浴びてしまいました。すると突如、鼻の粘膜がツーンとくる感覚が。何これタバコの匂いキッツい!初めてタバコを吸った時に、煙を吸い込みすぎてむせた感覚と似ていました。きっとこれが薬の効果だと、先生が言っていたことを反芻しつつ、「こんだけ不快なんだったら、吸う気は起きないな」と思いました。相変わらず鼻に残る痛みを代償に、禁煙できる自信がついたのを覚えています。

そこからは精神的な余裕が生まれたのか、正直吸いたい欲どころか、タバコのことなんて忘れていました。なんなら定期健診の前日にGoogleカレンダーが通知してきて、「そうだ禁煙外来に通ってる途中だった」と思い出すほどです。ずいぶんな変わりよう。

あんまりにも上手く事が運びすぎているので、定期健診で先生に要因を聞いてみると、なんのことはない「あなたの場合はそこまで依存度が高くなかった」からだそうです。つまり、今まで禁煙失敗を繰り返していたのは、僕のやり方が間違っていたとか、意志が弱かったということでしょうか。先生にその疑問をぶつけてみると苦笑いしてました。否定してくれてもええんやで。

サンキュー地蔵菩薩

そして、なんだかんだ9月初旬に禁煙外来の全行程を終えました。禁煙開始から3カ月ほど経ち、経過は順調です。しかしながら、これくらいの期間タバコを断ったことは今まで何度かあるので、ふとしたきっかけで再び吸ってしまう可能性があります。

健診を終える際、もしもの備えとして先生に尋ねておきました。
「もし吸いたくなったらどうしましょう?」と。
すると先生は、「とにかくジッとしちゃだめだよ」と助言してくれました。
軽く体を動かす歯を磨く(うがいをする)冷たい水を飲む、などなど。黙って我慢するのではなく、他の行動で気を逸らせということでした。何かおススメの禁煙メソッドがあるのではと期待したのですが、実際は強引に抑え込むパワープレイが正解のようです。

最後の最後でパワープレイを説いてくれるなんて、ずいぶん体育会系だな。やっぱりこの先生、仏様じゃなくて閻魔様ではなかろうか。閻魔様とお地蔵様は同じ存在というし。うっかりまた吸い出して、この先生にかかるようなことがあれば、閻魔の姿になる可能性があるな――。

そんな全くどうでもいいことを診察中に空想していましたから、自分が抱く不安は単なる杞憂で、タバコへの欲求はとっくにどこかへ消え去っているのかもしれません。

終わりに

私の周りには、禁煙に成功した人が何人もいます。でもみんな、「結婚するから」、「子どもが生まれるから」など、大きなライフイベントをきっかけにやめていきました。確かに「誰かのためにやめる」というのは大きなモチベーションになるに違いありません。

では、「きっかけとなるライフイベント」がない、「タバコを捨てられるほど大事な誰か」がいない場合は、永遠にタバコがやめられないのか。きっとそんなことはないはずだと思ったのが、禁煙外来に通いだしたもう一つの理由です。最初のうちは辛いながらも、お医者さんと2人3脚で禁煙するのは結構楽しかったですし、薬に頼れる禁煙は精神があまり擦り減らないので自分にはとても合っていたと思います。

「わかっちゃいるけどやめられない」背徳感を伴う快楽にあらがえず悩んでいるのは自分だけではないと信じて、今回体験談を書きました。何度も禁煙に失敗している身ですから、偉そうに禁煙ハウツーをあれこれ語るつもりはありません。自分と似た境遇の方が参考にしたり、そこまでタバコにズブズブでない人が反面教師にしたり、何らかの形でお役に立てたら嬉しいです。

 

(サムネデザイン:コスモオナン)