全国初の福祉のチョコレート工房!障がい者の息子が働く“仕組み”をつくった夫婦の軌跡

 

真っ白な作業着を着用した青年が、ピースサインとともに笑顔を向けた。

ここは2012年にオープンした、福祉事業所のチョコレート工房「ショコラボ」である。

チョコレート工房の窓に描かれたイラストは、障がいを持つスタッフたちが書いている。

この工房では、知的障がい、精神障がい、身体障がいを持つ人たちが働いている。ショコラボのチョコレートは大手百貨店や有名ホテルで販売され、雑誌『おとなの週末』では、「ホワイトデーギフト・ベスト10」の中で第2位を獲得。それらのチョコレートを、障がい者と健常者が力を合わせて作っているのだ。

ショコラボの人気商品たち。

福祉だからではなく、美味しいから売れているショコラボのチョコレート。この会社の発起人は、経営者の伊藤紀幸さん、そして妻の祥子さんだ。

なぜ、ふたりは福祉事業所としては全国初となる「チョコレート工房」をつくることになったのか。障がい者の“働く場所”に人生をかけた、夫婦の軌跡を聞いた。

 

知的障がいを持つ息子の誕生

ときは1995年、伊藤夫婦のもとに小さな命が誕生した。一人息子の健太朗さんだ。8か月の早産で、体重はわずか1,475キログラム。仮死状態で生まれてきたという。

「妻が言うには、手術室はバタバタと物々しい様子で、看護師が必死に赤ん坊を叩いて『帰ってきなさい!』と言っていたらしいです。保育器に入っている息子に対面すると、私の両手にすっぽり入るほど彼の身体が小さかったんです」

小さな赤ちゃんを見て不安をぬぐえなかった伊藤さんだが、それでも子どもが生まれた嬉しさと感動が込み上げた。祥子さんと医師たちに感謝の気持ちでいっぱいだったという。

健太朗さんが保育器に入って3ヶ月ほど経ったある日、病院の先生に夫婦ふたりして呼ばれた。瞬間的に「良い話ではないな」と思ったそうだ。

「『極めて珍しい障がい事例だ』と言われました。健常者として育つかもしれないし、寝たきりかもしれない。もしかすると短命かもしれないと言われて……。そのあとすぐに会社に出社したんですが、目の前がモノクロの砂嵐のようにザーッって揺らいでいたのを覚えています」

「僕らが何か悪いことをしたのか?」

そんな考えが堂々巡りのように脳裏を駆け巡った。伊藤さんと祥子さんは家にこもり、深く落ち込んだという。

しかし、伊藤夫婦は面談から4日後に立ち上がる。伊藤さんはその時の思いを、祥子さんに向けてノートに書き綴っていた。

「絶望感でわめこうが何も変わらない。どうせ人生を過ごすなら楽しく過ごそう。幸せかどうかは僕らの心が決めるもの。『笑う門には福来たる!』の精神で前に進み、一緒に頑張ろう!」

もともと気丈で明るい性格の祥子さんも、伊藤さんの思いを受けて立ち上がった。ふたりは不安と絶望を心の中に押し込め、前向きに生きると決意した。

 

親亡きあと、障がい者の息子は生きていけるのか?

健太朗さんが3歳になった頃、伊藤さんは銀行員として仕事に邁進し、祥子さんは専業主婦として育児に全力を注いでいた。

伊藤さんは、健太朗さんの障がいについて勤め先に一切話していなかった。障がいを持つ息子のプライバシーを守るべきだという思いや、障がい児が生まれたからといって、以前のペースのように仕事ができないのではと周りに思われたくなかったのだ。

そんな矢先、祥子さんが思い悩んでいる様子に気づいた伊藤さん。「どうしたの?」と声をかけると、予想していなかった言葉が耳に飛び込んだ。

「私たちが死んだあとのこと……」

親亡きあと、障がいを持つ息子が生きていけるのかと途方に暮れていたのだ。

「まだ3歳になったばかりですよ。僕なんて保育園や発育を促すための習い事を探す程度だったのに、妻は息子の人生の先まで考えていて。正直、自分の浅はかさを痛感しました」

「このままではいけない」と思った伊藤さんは、上司に息子の事情を告げ、転居を伴わない人事異動を会社に対してお願いした。それでも大手銀行の目の回るような忙しさは、伊藤さんをますます追いつめた。

「人生の歯車が狂いだしてるなって思いましたね。へとへとになって家に帰ると、発語の悪い3歳の息子が話しかけてくるんです。でも何を伝えようとしているのか僕にはわからない。妻は100パーセントわかるんです。『自分は父親として何をしているんだろう』と、息子との距離がどんどん離れてしまっているような気がしました」

 

月給3,000円。初めて知った厳しい現実

ときが経ち2001年4月、高校まで一貫教育の養護小学校に、健太朗さんは入学した。入学後の初の父親参観で、伊藤さんは厳しい現実に向き合うことになる。それは、学校の先生の言葉だった。

「大切なお子さま方は、この学校で12年間しっかりお預かりします。しかし、お父様たちには現実を知っていただかなければなりません。お子さまたちは高校卒業後、まず就職できないと思ってください。もし仮に福祉事業所で働いたとしても、月給は3,000円くらいです」

「…え?…月給3,000円?」

先生から知らされたのは、学校生活が終わったあとの健太朗さんには、「人並みの給料がもらえない」ということだった。

伊藤さんは、その時の気持ちをこう振り返った。

「もう悔しくて、情けなくて。『世の中の会社はいったい何してるんだよ』って思いました。自分のわずか1時間の深夜残業代ほどしか手にすることができないなんて。『いったいどんなお仕事があるんですか?』と先生に伺うと、空き缶を足で踏んで廃品回収に出すお仕事だというんです」

小学校入学と同時に知らされた、障がい者の雇用現場と低賃金の現実。伊藤さんはこの現実を重く受けとめ、「少しでも息子に財産を残そう」と夜を徹して働いた。

そんなある日、ある新聞記事に出会う。ヤマト運輸の小倉昌男元会長が私財を投げ打って設立した、障がい者が働くパン工房「スワンべーカリー」の記事だった。伊藤さんはこの記事を通勤電車の中で引き込まれるようにして読んだという。

「小倉さんは世の中の幸せを願って生きているのに、僕は我が家を助けることだけに一生懸命でした。でも、それだけじゃだめだよなって気づかされたんです。冷静に考えたら、がんばってお金を息子に残したところで、彼が誰かに騙されて取られるかもしれない。それだったら、障がい者が働ける“仕組み”をつくることに、残りの人生を捧げようと思ったんです」

そんな伊藤さんの思いを、祥子さんはどのように思ったのだろうか。

「妻は、『パパが好きなようにしたらいいよ』と返事してくれました。『もし失敗したら、田舎で自給自足で暮らそう』って言ってくれましたね」

祥子さんの後押しに、伊藤さんは一層やる気が沸いた。「家族を路頭に迷わすことにならぬよう、精一杯がんばろう」と胸に誓ったという。こうして、伊藤夫婦の起業がはじまった。

 

銀行マンからチョコレート屋へと転身

障がい者が十分なお給料を得られる会社をつくる。これが伊藤夫婦の目標だったが、ショコラボを立ち上げるまでには、開業のための軍資金を貯める期間も含めて10年もの年月がかかった。

まず、何を売るかを決めなければならない。当初はカレー屋さんをやろうかと思っていたそうだ。カレービジネスの市場調査のため、伊藤さんと祥子さんは都内の繁華街へ出かけた。しかし、夫婦で一生懸命貯めた虎の子の軍資金である。なかなか投資する勇気が持てないでいた。

そんな矢先、知人の紹介でとある事業家に相談する機会を得る。その方に今までの経緯や自分たちの考えをひと通り話すと、事業家はこう言った。

「飲食店のような第三次産業だと、店舗の内装費に数千万円がかかり、敷金・権利金に1年分の家賃を預託する必要が生じます。おまけにフロントに立つ健常者のスタッフの人件費が毎月必要になり、ご夫婦で一生懸命に貯めたお金の大半が、それらの資金に回ってしまい、肝心の障がい者の方に対してお金が使えないでしょう。なので私なら、外観やサービスを気にしない第二次産業、つまり工場をやります」

まさに目から鱗のアドバイスだった。

「今まで産業の構造単位でモノを見ていなかったから、気がつかなかったんです。せっかく起業しても数名しか障がい者が働けないのでは意味がない。その理由をはっきり言葉にされ、腑に落ちた瞬間でした」

催事での祥子さんと伊藤さん。

その数日後、祥子さんが「パパはチョコレートが好きなんだから、チョコレート屋さんにしたら?」と鶴の一声。伊藤さんは身体に電流が走るような衝撃を受けたという。

「ママ!それだ! チョコレート屋さんをやろう!」

未経験で知識ゼロ、チョコレート屋の人脈もない。けれど、伊藤さんは直観的に「障がい者が働けるチョコレート工房をつくる!」と決めた。こうして、全国初の福祉事業所であるチョコレート工房が誕生したのだ。

 

豆からつくる、手作りチョコレート

現在、ショコラボ・グループ全体では54名の障がい手帳を持つスタッフが働いている。8割の方が知的障がい、2割の方は精神障がい、身体障がいを持つという。

ドライフルーツにホワイトチョコをコーティング。

障がい者の福祉事業所として認定を受けているショコラボ。ここで学んだことを活かし上場企業や市役所に就職したスタッフもいる。お給料アップだけでなく、その後の就職活動も無償で後押ししているという。

現在、ひとりあたりのお給料はいかほどなのだろうか。

「障がい者の月給を『工賃』と呼ぶのですが、月々の工賃が3万8,900円です。こう聞くと少ないように感じるかもしれませんが、2021年の時点で全国の福祉事業所の月額平均工賃は1万6,000円台です。数字だけ見ると、私たちは成果を出している方だと思います。ただ、1人の父親として見ると、『まだこれだけか』と思います」

障がい者の人口は、日本に950万人ほど。そのうち就職しているのは50万人程度だという。全障がい者の7%弱しか働けていない。では、残りの94%の人はどうしているのか?

「福祉事業所でお金を払って訓練していたり、病院もしくは自宅にいたりします。働きたくても働く場所がない。働けている障がい者は、スーパーエリートなんです」

そこまで働けていないなんてと、思わずのけぞってしまった。しかし、ショコラボ・グループで働いているスタッフは54名もいる。しかも、「チョコレート作り」という簡単にはできないことを仕事にしているのだ。いったい、どうやって?

丁寧に袋詰めして、パウチする。

そこには、ショコラボのチョコレートを作る工程に秘密があった。

ショコラボ・グループが2019年にオープンした、民間企業としての工房併設型販売店「ショコラ房」では、「Bean to Bar」の製造・販売をしている。Bean to Barとは、Beanがカカオ豆、Barは板チョコレートを意味していて、カカオ豆からチョコレートになるまでの作業を一つの工房で製造することをいう。

そもそも、市販で売られているチョコレートは、カカオマスやお砂糖をメーカーから取り寄せて作られており、カカオ豆そのものから作ることはほとんどない。しかし、Bean to Barの製法を取り入れることで、豆の風味を活かした質の高いチョコレートができ上がるのだ。

ショコラボがオープンした、工房併設型販売店「ショコラ房」(横浜市都筑区)。

ショコラ房のBean to Barの工程を覗いてみよう。まず、厳選したカカオ豆を仕入れ、その豆がつぶれたり割れたりしていないかを一個ずつ選別し、「ロースト」と呼ばれる焙煎作業を行う。その後、ローストした豆の皮を一個ずつ剥ぎ、「カカオニブ」というチョコレートの原料ができる。

そのカカオ豆の良い悪いを選別したり、ローストした豆を一個ずつ剥いだりするような集中力が必要な作業は、知的障がいを持つスタッフが得意な分野だという。

さまざまな形のチョコレート菓子。

その他にも、ドライフルーツをチョコレートに漬ける作業がうまい人、包装紙で綺麗に包むことができる人、パンダの型にうまくデコレーションする人。いろいろな“得意”を持つ障がい者が働いている。チョコレートの工程が幅広いからこそ、適材適所で働くことができるというわけだ。

福祉事業所としてのショコラボ、民間企業としてのショコラ房では、チョコレート菓子の製造から容器詰め、ギフト包装、販売、受注発注。細分化されたさまざまな作業があった。

 

一人ひとり、違っていい

この日、製品を箱詰めして発注先へ商品を発送する作業場をのぞかせてもらった。商品はオンラインショップでも購入できるため、毎日コンスタントに注文が入るという。作業場では、祥子さんがスタッフと並んで働いていた。

箱詰めする作業場にて。

「障がい者と聞くとひとくくりにしがちですが、同じ仕事しかできないわけじゃないんです。健常者の私たちだって、得意なことや苦手なことってありますよね。それは、障がい者にも同じことが言えると思います」と祥子さん。

まだまだ障がい者が働ける場所は少ない。ただ、そこだけにフォーカスするのではなく、働ける環境が整っているかにも意識を向けるべきだと祥子さんは言う。

「考え方は何通りだってあるのに、型にはまった考え方をした人が上司だとしたら、障がい者とはうまくやっていけないと思います。ここにいると、良いところを見つけようって気持ちになるんです。『仕事をしてもらうためには、どう伝えたらいいだろう』って、いつも考えています」

工房の皆さん。

祥子さんの言葉には、経験を積み重ねてきた包容力を感じる。伊藤さんは、祥子さんの気丈で愛情深いところに何度も助けられたという。

「妻には本当に感謝しています。そして、健太朗にも。彼が生まれたことが、我々夫婦を成長させてくれたような気がします」

そう話す伊藤さんは、子どもの頃に病気がちだった健太朗さんの話をしてくれた。

「彼は、8歳の頃に生死をさまような手術をしたんです。『なんとか彼を助けてくれ』と神様に何度も祈りました。彼はいま成人して、仕事を手伝ってくれています。彼から学んだことは、生死に関わらなければ、人生で『こうでないといけない』ということはほぼないということ。僕たちの悩みなんて、天から見たらちっぽけな誤差なんですよね」

健太朗さんと伊藤さん。

ショコラボのチョコレートは、あえて一つひとつが異なる形をしている。手作りだから、同じものは作れないのだ。「それは、人間も同じことですよね」と伊藤さんは言う。

「人間だって一人ひとり違っていい。それぞれの人生に違いが生まれていいんです。それをチョコレートを通して、障がいを持つスタッフと、商品を手に取って下さるお客さまに伝えたいです」

芯の通った行動力で、ショコラボ・グループをつくった伊藤さん。そして、温かい心でスタッフを見守る祥子さん。ふたりがいるから、この会社は輝いている。

(写真提供:伊藤紀幸さん)

 

~伊藤紀幸さん・祥子さんプロフィール~

一般社団法人AOHの代表理事。祥子さんは理事。2012年11月、横浜市都筑区に全国初の福祉のチョコレート工房「ショコラボ」をオープン。厳選された世界中のカカオ豆を使い、障がい者が活躍する「働く支援工房」として運営している。

ショコラボのオンラインショップはこちら。 monolabo-chocolabo.com

 

ABOUT US

池田 アユリ
愛知県生まれ、横浜から奈良へ移住。インタビューライターとして年間100人のペースでインタビューをしている。社交ダンスの講師としても活動。noteでは「1000文字エッセイ」や、文章ノウハウを発信しており、誰かを勇気づける文章を目指して、活動の枠を広げている。4人姉妹の長女。シスコン。