手書き黒板で収益倍増!? 黒板マーケターってどんな仕事?

 

町を歩いていると、店先に置いてある「立て看板」に目がいく。

「お、なになに。テイクアウトメニュー?……文字が消えかかってて、なんだか見づらいな」

声に出しては言えないが、無造作に置かれている立て看板に、少なからず残念な気持ちを感じたことはないだろうか。店先に置いていれば看板は日に焼けるし、インクも薄れていく。けれど、そのまま気にしないで使い続けているお店は案外多い。

そんなお店の外観を、ガラリと変えてしまう人がいる。黒板マーケターの藍田 留美子さんだ。

 

鎌倉の町を歩けば、藍田さんの黒板

藍田 留美子さんは、都内の百貨店、インテリアショップ、カフェなどで店舗内レイアウトやPOP、黒板など「書く」仕事を長年経験してきた。2012年に『黒板マーケティング研究所』を設立。2016年に鎌倉へ住まいを移してからは、地元の店舗演出を数多く手がけている。

当然疑問が沸いてくる。そもそも、黒板マーケティングって? 一時期「黒板アート」と呼ばれるチョークアートが流行ったが、それとは違うのだろうか?

私は、藍田さんに取材すべく鎌倉駅へ向かった。待ち合わせ場所に現れた藍田さんは、内巻きのボブスタイルと赤色のメガネがよく似合う女性。「せっかく鎌倉に来たんだし、ご飯食べましょう」と言って、お昼ごはんに誘ってくれた。

一緒にお昼ごはんを食べた後、鎌倉駅西口の御成通りを歩きながら、藍田さんが手掛けた黒板や窓ガラスを見ることにした。

最初に見学したのは、不動産会社の「ココハウス」。大きな窓ガラスにはダイナミックな幾何学模様のイラストと、お店のキャッチコピーが書かれてあった。鮮やかな色合いに、思わず見惚れてしまう。

藍田さんは、三菱鉛筆の水性ペン「ポスカ」を使っていた。重ね書きができ、色の種類も豊富だ。「現場ではすぐインクがなくなってしまうから、1色につき3本は持っていく」という。

(藍田さんのご自宅の引き出しには、ポスカがぎっしり。)

 

アートじゃなく、マーケティング

「このお店では、毎月窓ガラスのデザインを書き換えています」

その藍田さんの言葉に、「え、書き換えるの?」と疑問を持った。看板としての役割なら、そのままでもいいのでは? そんな疑問を投げかけると、藍田さんは首を振った。

ずっと同じままだと、通りがかる人には風景になってしまうんです。お店はつねに変化していくもので、売りたいものが毎回一緒とは限りませんよね。だからこそ、黒板や窓ガラスを書き換える必要があるんです」

(ポスカを消すには、濡らしたメラミンスポンジで落としたあと、布で拭くのが良いそうだ。)

私なら「時間をかけて書いたものを消すのはもったいない」と思ってしまいそうだが、藍田さんは「躊躇なく消せる」と言う。

「もったいないという気持ちになるのは、黒板をアートだと思っているからかもしれません。私は、書いたものを“作品”とは思っていないんです。

作品と呼んでしまうと、アーティストが主役になってしまいますが、あくまでもお店が主役です。黒板は、お店とお客様との距離を縮めるためのツール。しいて言うなら……『お店のスタッフ』と思って書いています

まさかの擬人化……! 藍田さんにとって、黒板は売り子なのだ。

アートじゃない。作品じゃない。そう強調する藍田さんの背景には、黒板マーケターの道を歩むことになった「ある経験」があった。

 

大手コーヒーチェーン店で学んだ、黒板を書く意味

20年前、藍田さんは大手コーヒーチェーン店で働いていた。そのコーヒー店では、本社から新商品のパフェやドリンクのお知らせが届く。毎回その商品を看板に書き、告知することになっていた。担当するのは、その日のアルバイトスタッフ。「シフト内の1時間で書いてほしい」と店長から頼まれるそうだ。

「いつも同じ人が書くというより、シフトのタイミングに合わせて店長が指名していました。アルバイトの現役美大生が書くこともありますし、まったく絵心のない男子大学生が書くこともありました。

当然、美大生はホイップクリームを立体的に描いたりと丁寧でうまいわけです。かたや男子大学生は、お世辞にも上手とはいえない(笑) でも、美大生は1時間というルールを守れないでいました」

そのため、他のスタッフはシフトの時間調整に追われることになった。藍田さんはこの状況に、少なからず違和感を覚えたという。そんな矢先、新商品の売上げについて知る機会があり、藍田さんは驚いた。

「ほぼ互角だったんです。上手な看板でも、下手な看板でも、どちらも効果は一緒で。なぁんだって思いましたよ。売上げが一緒なら、時間内に仕上げた方がお店のためじゃないかって」

時間をかけた美大生には、目的のズレがあった。頼まれた仕事を「アート制作」と捉えて取り組んだことだ。お店の目的は「1時間以内に、新商品のパフェを告知すること」だったのに。

この出来事を受けて、藍田さんは黒板を使ったお店のPRに興味を持つようになる。友人から頼まれて書き続けるうちに、「黒板マーケター」として仕事を受けるようになった。

藍田さんの仕事は、一日では終わらない。依頼されたらまずお店に出向き、ヒアリングする。その日は一度内容を持ち帰り、依頼されたお店の業界についてネットや本で調べ上げ、そこからその店の一番の強みを考える。

「どんな色合いが好まれるのか?」

「伝わるキャッチコピーは?」

「ファンをつくるには?」

考えることは無限だ。そして作業当日を迎え、“下書きなしの一発書き”で仕上げる。

仕事に向き合う上で、藍田さんは明確な指針を立てた。

「上手く書くことを目的にしない。お店の想いがお客様に伝わるように書く」

だから藍田さんは、「私の仕事はアートではなく、マーケティングだ」と強調するのだ。

 

100円ショップのミニ黒板で、テイクアウトを応援

地道なヒアリングとお店のニーズに応える仕事ぶりで、藍田さんは徐々に依頼主の信頼を得ていく。しかし、仕事が軌道に乗っているさなか、新型コロナウイルスという大きな波風が立った。

2020年の4月に最初の緊急事態宣言を受け、藍田さんは休業を余儀なくされた。依頼主が営業できないのだからしょうがない。電車に乗ることも憚られ、身動きが取れなくなっていった。「このまま仕事がなくなるのではないか」と不安になったという。

そんななか、鎌倉駅の商店街を歩いていると、あるお好み屋さんの店先に貼られている、テイクアウト用のチラシが目に付いた。雨に濡れ、読めなくなっていた。

それを見た藍田さんは、「なんてもったいないのだろう!」と思ったそうだ。

「いくら新しい情報を届けようとしても、伝わらなきゃ意味がないですよね。これは、なんとかしなくちゃって思いました」

そこから、藍田さんの行動は早かった。

100円ショップで30センチほどのミニ黒板を購入し、SNSで「テイクアウトを告知する『ミニ黒板』を、無料で書きます」と発信したのだ。すると、鎌倉にお店を構える飲食店などから続々と依頼があり、気がつくと50枚以上も描いていた。

 

期待されていなかった黒板の効果

この行動が、鎌倉の飲食店に活気をもたらすことになる。

「店の入り口に掛けると、さっそく足を止める人が増えた」

「黒板を出した途端にオーダーが舞い込んだ」

「100円の黒板なのに、集客力が倍増しになった」

「アナログなのに、こんなに効果があるとは驚いた!」

そんな依頼主からのうれしい言葉が、藍田さんの元に届いた。

『無料なんて申し訳ない』という人も多かったそうだ。しかし、藍田さんが依頼主から受け取ったのは、黒板の実費110円のみ。

藍田さん自身も収入が減り苦しい状況だったが、「お店の人や利用者が少しでも元気になってもらえれば、それでいいかな」と思ったそうだ。

 

何を書くかより、絶えず変化させること

鎌倉の町を一緒に歩きながら、藍田さんは「このお店の看板、だんだん色あせてきちゃってるから、変えたいなぁ……」と少し寂しそうに言った。

継続の依頼をいただかなければ、一枚書いて終わりだ。お店側が黒板の認識を単なる「看板」と捉えていたとしたら、書き直すなんて思いもしないだろう。でも、それでは効果は薄い。藍田さんは最初のヒアリング時に「定期的に看板を変えていくことが大切だ」と、依頼主に説明するそうだ。

「変化させることって、いつの時代も大事ですよ。発信し続けないと、忘れられてしまいます。みんな忙しくしているし、一日にやることってもう決まってますよね。その一日のサイクルに、自分のお店を入れてもらわなきゃいけない。そのためには、日々発信し続けることです」

リモートワークに移行する企業が増える今、オフィス街の飲食店は、苦境に立たされている。WebやSNSで告知しても、その場所に出向く用事がなければ集客は難しい。そんな今だからこそ、「店の前を通りがかる人に、興味をもってもらうことが大切」と藍田さんは言う。

「『あのお店、よく黒板の中身を変えてがんばってるな』って記憶に残してもらう。地道だけど、これが一番効果があると思います。あとやっぱり手書きって、人に伝わるんですよね」

(取材のあと、私のミニ黒板を書いていただいた。見るだけで元気が出る。)

手書きで書くことのハードルが少しでも下がるようにと、藍田さんはオンライン講座にて黒板の書き方を教えている。

「自分には難しいって思われるかもしれませんが、上手である必要はないんです。伝えたいことを気軽に書いてみてほしいですね。続けていくうちに、『今週はこんなことに挑戦してみよう』ってアイデアが生まれて、お店の軸みたいなものができてくると思います」

手書きだからこそ、伝わる。藍田さんのような考え方が広がったら、きっと全国各地に明るさが戻ってくるのではないだろうか。「手から生み出すものの可能性を信じて、今後も精進していきます」。そう言いながら、藍田さんは笑った。

 

~藍田 留美子さんのプロフィール~

黒板マーケティング研究所代表。下書きなしで一気に書き上げる難易度の高いアドリブ・スタイルを得意とする黒板職人。大手百貨店やインテリアショップ、シアトル系カフェなどで店舗内レイアウト、popや黒板を「書く」仕事を長年担当。

 

ABOUT US

池田 アユリ
愛知県生まれ、横浜から奈良へ移住。インタビューライターとして年間100人のペースでインタビューをしている。社交ダンスの講師としても活動。noteでは「1000文字エッセイ」や、文章ノウハウを発信しており、誰かを勇気づける文章を目指して、活動の枠を広げている。4人姉妹の長女。シスコン。