レトロ銭湯を救え!島風呂隊は扇湯と岩屋の未来を変えていく。

 

兵庫県淡路市で、戦前から地元漁師を中心に親しまれてきた銭湯が扇湯だ。

廃業していく昔ながらの銭湯が多い中、できるだけ長く銭湯を続けて欲しい。そういった想いのファンたちが集い「一般社団法人島風呂隊」は結成された。島風呂隊は、扇湯などのレトロ銭湯の経営をボランティアでサポートしている。今回は、島風呂隊の隊長である松本康治さんに活動内容や扇湯への想いを伺った。

 

目次

限界と奇跡

潮の香りがただよう岩屋商店街をまっすぐに進んでいく。

すると赤文字で「温泉」と書かれた、異彩を放つ洋風の建物が見えてくる。

 

 

入口に架けられたのれんをくぐり中に入ると、昭和時代の趣が色濃く残ったお風呂屋さんだ。

ロビーには珍しい土産物が、所狭しと並んでいる。

そして、扇湯の名物が「ドーナッツ風呂」と呼ばれる主浴槽だ。

お客さんたちは、浴槽周りをのまるでドーナッツのように囲んで、かけ湯をしながら正面を向き談笑する。なんとも斬新な入浴スタイルだ。

日本で唯一のドーナッツ風呂

地元のお客さんたちの漁師言葉に包まれながら、熱めのお湯につかると、肩の力がスーっとぬけていく。

4月のリニューアルで改装された水風呂は、真夏やジメジメする梅雨時期の入浴に最適。

ドーナッツ風呂と冷たい水風呂を、交互にローテーションしてサウナ浴のような「ととのう」入浴法もおすすめだ。

 

番台や靴箱、浴場にいたるまで、どこか懐かしい雰囲気があふれている。

週末になると地元民だけでなく、家族連れや遠方から入浴だけに来られるお客さんもいるほどだ。

 

しかし扇湯には、後継者候補がおらず、売上も最盛期の4分の1まで落ち込んでしまっているという現状がある。

そんな状況の中、銭湯の核であるボイラーが故障してしまったのは約4年前のことだった。

建物の老朽化や来店客の減少など、たくさんの不安を抱えて営業していたところに、とどめをさすかのごとくお湯が沸かせなくなってしまった。

実は、以前からボイラーが壊れたら、廃業すると店主は決めていたそうだ。

 

「ちょっと待って下さい!」

 

そこの間に割って入ったのは、入浴客の松本さんだった。

たまたま訪れていた松本さんは、出版社を経営しながら、全国の銭湯を渡り歩いている。「レトロ銭湯へようこそ」など銭湯関連の著作もある熱烈な銭湯ファンだ。

松本さんの著書「レトロ銭湯へようこそ」

 

今回はボイラー全体ではなく一部の故障だった。しかし修理の見積りが高額だったため、店主の気持ちは廃業に傾いていた。

「私の知り合いに相談すればもっと安く修理できるかもしれないので、一度その人に見てもらってもいいですか」と松本さんは提案。

松本さんの知り合いの協力を得てボイラーを安価に修理することができ、扇湯はなんとか命を繋ぎとめることができたのだ。

 

「私から見たら扇湯は大きな可能性を秘めています。幸いボイラーも直ったので、ここを少し盛り上げる活動をさせてほしい。やれることはたくさんあるので試させてください」

 

扇湯の魅力に惹かれた松本さんは、銭湯ファンの仲間たちに声をかけ、ビラの作成と配布、SNSの活用、Tシャツ作成などをはじめた。

松本さんたちが手掛けたTシャツ

さらに「淡路島マルシェ」と銘打って、淡路の産物を本州の銭湯などで売ることによる岩屋商店街との関係づくり、空き店舗を利用した飲食イベント開催による銭湯への集客と資金づくりなど活動の幅を少しづつ広げていく。

そして2021年、扇湯の応援団は一般社団法人島風呂隊となり、松本さんは代表理事に就任した。

まずは、番台式からロビー式への転換と全浴槽天然温泉化を中心とする扇湯のリニューアル工事に着手し、4月3日にオープン。以後、清掃やメンテナンス、ロビーでの物販など扇湯への直接サポートを本格化。

同時に、風呂上りにお酒を飲める「ふろやのよこっちょ」という立ち飲み屋を浴場の隣にオープンさせた。

ふろやのよこっちょの様子

 

「レトロ銭湯は二度と作れない」

 

廃業危機にある銭湯を、なんとか存続させるための活動を続ける島風呂隊。

なぜレトロ銭湯にそこまでの情熱をそそげるのか?

隊長・松本康治さんにお話しをお伺いするため、開店前の扇湯にお邪魔した。

 

松本康治

さいろ社代表/一般社団法人島風呂隊代表理事/神戸市在住

出版社勤務を経て、1987年に医療系出版社として「さいろ社」を設立。「関西の激渋銭湯」「激渋食堂メモ」「ふしぎ山」などのサイトを主催するほか、銭湯ファンの仲間たちと「ふろいこか~プロジェクト」を立ち上げ、全国の銭湯を応援している。著書に『レトロ銭湯へようこそ 関西版』『同、西日本版』『関西のレトロ銭湯』(戎光祥出版)、『ぼくが父であるために』(春秋社)、『看護婦(ナース)の世界』(共著、宝島社)、現在は自社から『旅先銭湯』シリーズを発刊中。

 

おもろい出会い

――まずは松本さんと扇湯の出会いから教えてください。

松本康治さん

当時は、阪神淡路大震災後の神戸に住みながら風呂屋巡りをしていて、扇湯を見つけました。

神戸からジェノバラインという船に乗って扇湯を目指したんですが、たった幅4kmの海峡を渡るとそこは別世界だったんです。

造船場の鉄サビの臭い、漁師町の浜言葉、道で魚をさばいて売るおばちゃんたち、風も臭いも神戸とは全然違う。

そして扇湯に着いて、さっそくドーナッツ風呂の湯舟に浸かりました。

ぐるっと回りを囲んでいる漁師たちの井戸端会議ならぬ風呂端会議に耳をかたむけても、漁師言葉は何を喋っているのかほとんどわからない。

「なんじゃここ、おもろすぎるやろ!」

船でたった13分間渡っただけで海外旅行に来た気分になれましたね。

それからはストレスが溜まったり、仕事で行き詰った時はジェノバラインで岩屋に来て、近くのお好み焼き屋さんで食事して、扇湯のお風呂に浸かる。

そして外に出てお寺の参道の階段に腰かけて、海を眺めながら缶ビールで一杯。

これが当時のリフレッシュコースでした。

岩屋の街から望む海と明石海峡大橋と神戸の街

――扇湯は、松本さんの癒しの場所なのですね。女将さんから教えていただいたんですが、当時いつものように松本さんが入浴されている時にボイラーが故障したとお伺いしました。

はい。ボイラーは知り合いの協力で安価に修理できました。

ただ、そのほかにも阪神淡路大震災の影響で傷んだままの設備、後継者がいないこと、お客さんの減少など経営を続けていくには問題が山積みでしたね。

割れたタイルを補修作業をする松本さんたちの様子

――当時の一番の問題とは何だったのですか?

女将さんがほぼ一人で、ここを切盛りしていたことかな。

扇湯は銭湯の中でも大きなサイズなので、これをおかみさんだけで管理するのは無理があると思いました。

開店準備をする女将さん

 

島風呂隊の結成とレトロ銭湯への愛

――浴場の掃除だけでも一人では大変そうですね。そんな女将さんをサポートするために手伝いはじめて、島風呂隊の結成へとつながって行ったんですね。

女将さんを手伝うこともそうですし、当時の扇湯は「もう少しここを変えればいいのに、おしいな」と感じるところだらけでした。

磨けば光る宝石みたいな物が、いっぱい落ちているのにくすんでる。

これはもったいない、輝くところが見たいと思ったんです。

女湯のタイルを修理する島風呂隊

その後3年半の応援活動を経て、今年の春に島風呂隊を法人化しました。そしてリニューアル工事を引き受けるとともに、今後の扇湯の清掃・メンテナンスや物販、付属店舗の運営などに携わっていくことになりました 。

――磨けば光る原石のように見えたのですね。ちなみに扇湯を含めたレトロ銭湯に情熱をそそぐことになったきっかけなどはあるんですか?

昔、息子と二人で指宿に旅行に行ったことがきっかけです。

高級ホテルや旅館が海岸沿いにならんでいる温泉地で、明治時代から営業している古い銭湯に行ってみました。

入浴料200円に惹かれて中に入ると、二人でその雰囲気に圧倒されたんです。

木造で柱もギシギシときしむ浴場で、お年寄りがポンと一人浸かっている光景はリアル日本昔話でした。

旅行から帰って来ても、その光景が夢にまで出てくるんです。

「近所にあれば通うのに」と、銭湯探しをはじめたのがはじめのきっかけですね。

――素敵なきっかけですね。その後、自宅の近所でレトロ銭湯は見つかりましたか?

はい。

例えば、戦後すぐの建物なのに江戸時代の文化が継承された銭湯など、当時はたくさんありました。

しかし時が経つにつれて「見つけた」と思って、2回目にまた行くと、重機で壊していたり、駐車場になっていることが増えてきましたね。

古い銭湯を維持していた店主に話を聞くと「もう客も減ってしもて、わしらの時代は終わりや、こんなボロボロの風呂屋やっててもアホやねん、スーパー銭湯行きや」と言われてしまいました。

廃業した大阪の牡丹湯から引き継いだ脱衣箱

「これはあかん、10年後には世界遺産になるかもしれんのに、みんな知らなさすぎる。」

そう思ったことから、まずレトロ銭湯の魅力を紹介するホームページを作り始めました。

 

古き良きを残したリニューアル

――色んな方の想いが募って今年4月に扇湯はリニューアルオープンされました。島風呂隊は扇湯のどういった部分を改良されたんですか?

カランだけだったのをシャワーを取り付け、水道水だったかかり水用の水溜めに岩屋の冷鉱泉を引き、現在のかけ流しの水風呂に作り替えたりしました。

あとは、ロビー形式を取り入れて脱衣所と差別化し、床も杉板に張替えなども。

杉板に張り替えた床をメンテナンスする様子

家族やカップルで入浴した帰りにお土産も買って帰っていただけるような、ゆったりとした空間に変えさせてもらい、扇湯らしさを損なわないように、昔ながらの風呂屋にしかない物を引き立てながら、ベースアップをしました。

扇湯でしか買えない「皆様石鹸」

――昔ながらの良さは残したままベースアップ。さらに扇湯の隣には「ふろやのよこっちょ」という立ち飲み屋もオープンされた。

都会から入浴だけしにくるというのはよっぽどのマニアの方しか来ないので、何か他のものがあれば、もっと一般の方にも来てもらえるはずと思いました。

「温泉に浸かって、珍しい酒も飲めるよ」ということで新規のお客さんを呼びこみたい。

扇湯を応援し始めた頃に、いい集客のアイデアはないかと考え、淡路島の平岡農園産のアレンユーレカレモンをふんだんに使ったハイボールとレモンスカッシュを「淡路島ハイボール」「淡路島レモンスカッシュ」と名付けて、扇湯の近くの店や各地のイベントなどで売り出していました。

淡路島ハイボール

防腐剤なし・ノーワックスなので皮まで食べられるレモン。

いろんなレモンを試しましたが、これじゃないとダメだと感じる美味しさです。

そしてこのレモンを使った商品をメインに販売していこうと決めて、昔、アイスクリーム屋さんだった隣の付属店舗を改装して「ふろやのよこっちょ」という名前で立ち飲み屋をはじめました。

 

――扇湯のインスタでふろやのよこっちょの様子を拝見しました。風呂上りに向かいにあるお肉屋さんのコロッケ片手に、ハイボールをくいっと一杯は想像しただけで最高ですね。

実は、そのお肉屋さんも最近なくなってしまいました…。

コロッケが1個50円とお手頃価格で、僕たちは、お肉屋さんにおんぶにだっこ状態だったので、閉店されると聞いた時はテンションが下がりましたね。

 

風呂屋からはじめる街づくり

――なるほど。閉店してしまったのは残念ですね。そういえば岩屋商店街の門をくぐり、扇湯に着くまでの道のりにある店舗は軒並みシャッターが下りていました。

昔はもっと栄えていたんだけどね。

102年続いた荒物屋さんも閉店していた

それでも最近は、フルーツサンドが人気のカフェやネパール人が作るカレー屋さんなど若い人たちのお店が徐々に増えて、商店街にとって良い兆候もあります。

さらに今後、岩屋の街や商店街が発展していくために、扇湯がそのランドマークになると僕はふんでいます。

ーーなぜそう思われるのですか?

アメリカのサンフランシスコにサウサリートという観光と保養の街があるのですが、そこはフィッシャーマンズワーフから船に乗ってゴールデンゲートブリッジを横に見ながら都会の喧騒を後にして、たくさんの人が羽を伸ばしに行く。

サウサリートの街並み

海をながめるシーフードレストランで食事して、ちょっとした気分転換を楽しんでみんな帰っていきます。

岩屋の街も明石市の魚の棚の前から船に乗って、ゴールデンゲートブリッジより大きい明石海峡大橋をくぐって着くとゆったりとした雰囲気や新鮮な魚など都会にないものがたくさんある。

似てると思いませんか?

――確かに、似ていますね。

週末になれば都会から人々が船でやって来て、おいしいものを食べたりお風呂に浸かったりしてホッと一息つける場所になってほしいです。

岩屋の歴史とともに歩んできた扇湯はその核になれると思います。

岩屋の街は、日本のサウサリートになれるかもしれない。

ですからレトロな街なみや雰囲気を壊さないような街づくりをしていかなけばいけません。

――なるほど。扇湯を中心にして街をリバイブさせる計画なんですね。そうすれば、商店街にも自然に活気が戻ってくる。

その通りです。

商店街のモデルは、愛媛県の道後温泉です。

「道後ハイカラ通り」という温泉の行き帰りにある商店街は、ビールを片手に散策したり、お土産物を買っていける観光地です。

道後温泉へと続く道後ハイカラ通り

ここも銭湯と商店街が一体となって、「楽しかった」という思い出をいっぱい持って帰られる場所になってほしいです。

そんな夢を描きながら、まずは扇湯と岩屋の魅力をたくさんの人に知ってもらいたいですね。

――扇湯と岩屋の未来が楽しみですね。今日はありがとうございました。

 

 

実は扇湯のボイラーには、また異変が起こっている。

中のパイプから水漏れが発生しているのだ。

 

ボイラーを交換するとなると、次は桁違いの費用が必要となる。

それでも岩屋の町に扇湯が存在することの価値に比べれば、ボイラー代はむしろ安いと松本さんは語ってくれた。

ボイラーが本当に壊れてしまうでに、たくさんのお客さんが入浴しに来てくれるようになれば、「ボイラーが壊れたら廃業」が前提だった扇湯の運命も変わるかもしれない。

この二度と得られない歴史ある銭湯にできるだけ長く続いてほしい。

時間と島風呂隊との闘いは、すでにはじまっている。

 

取材後に、女将さんが満点の笑顔で見送ってくれた。

「またいつでも、お風呂に入りに来てな」

松本さんや常連の方たちが、通いつめてしまう本当の魅力に触れられた気がした。

15時30分、煙突から白い煙が上がり、浜風にのれんがなびき、今日も扇湯の一日が始まった。

 

 

 

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のぎ
兵庫県南あわじ市在住の兼業ライター。 瀬戸内近郊の新しい発見や魅力を、地元民の視点から取材してます。主にWebメディアで執筆中。