コロナで廃棄、鳥インフルで殺処分。 どん底の養鶏場を救ったのは、人の縁を繋ぐブランディングだった。

 

 

2020年11月、兵庫県淡路市にある「北坂たまご」の養鶏場で、鳥インフルエンザが発生した。約14万6千羽を殺処分することになり、地元で人気の養鶏場は途端に窮地に追い込まれた。しかし、北坂たまごが大切にしてきた「人の縁を繋ぐブランディング」が、この危機を救うことになる。背後には一体どんなストーリーがあったのか、社長の北坂勝さんにお話を伺った。

目次

悲劇の養鶏場

山と田んぼに囲まれた自然の中に、その自販機はある。小銭を入れ、ボタンを押すと出てきたのは、いたって普通の卵。しかし割ってみると、たまご焼きのような黄色の塊が現れる。

実はこれ、殻をわらずに中身だけプリンに変えた、不思議なスイーツなのだ。同封されているシロップをかけ、よく混ぜて食べると、密の甘味とギュッと凝縮された卵の味が絶妙に絡み合い、口いっぱいにおいしさが広がっていく。

この「たまごまるごとプリン」は、兵庫県淡路市の株式会社北坂たまごで作られている。環境、エサ、水に至る細部までこだわり、純国産の鶏を養鶏し、鶏卵加工・販売を行っている会社だ。

プリンも人気だが、看板商品は生食専用の「もみじ」と、調理に向いている「さくら」という新鮮な朝取れ卵。

ちなみに僕は、北坂たまごを知るまで「卵なんてどこで買っても同じだ」と思っていた。しかしここの卵に出会ってから、すっかり虜になってしまってしまい、今や食卓に欠かせないものになっている。

そんな北坂たまごに悲劇が襲ったのは、2020年11月のことだった。

「鳥インフルエンザの感染により、約14万6千羽の鶏を殺処分」

報道を聞いて耳をうたがった。兵庫県内での鳥インフルエンザ感染は初めてのことだったそうだ。

コロナ禍に追い打ちをかけたこんな「不幸中の不幸」があるなんて……。北坂たまごの新鮮な卵やプリンを、もう一生食べれなくなってしまうのだろうか、、。

しかし年が明け、今年2月に直売所のインスタが更新されていた。

「またここから、一歩づつ。」

ほっとした。でも僕には、気になることがたくさんあった。

鳥インフルエンザをどのようにして乗り越えたのか? コロナ禍の真っ最中だが、どのような経営をされているのか? 卵やプリンはもう食べられるのか?

「インタビューさせてください」と北坂社長に直接お願いすると快く引き受けてくださり、直売所へとお邪魔した。

北坂たまごが経営されている直売所

振り返りたくないこともたくさんおありだと思う。それでも北坂社長は僕の目をまっすぐ見て、自分の言葉で語ってくださった。

 

 

北坂 勝

株式会社 北坂たまご代表/養鶏家

兵庫県淡路市在住。約50年続く養鶏場を父から引き継ぎ法人化。「イロドリはぐくむ」をテーマに養鶏場のブランディングにも力を注ぐ。卵へのこだわりだけでなく、鶏糞を活かした発酵肥料を農作物に還元する事業が認められて兵庫県知事賞を2年受賞。

 

廃棄と感染

――まず、昨年の緊急事態宣言下ではどのような影響があったのでしょうか?

緊急事態宣言を受けて、納品している飲食店さんが休業をよぎなくされて、卵が余ってしまって。それらをすべて廃棄しなくてはならなくなったんです。卵は産まれ続けるので、捨てる作業が悲しかったですね。

すると、その状況を聞きつけて、読売テレビの関西情報ネットtenさんが取材に来てくれたんです。卵の廃棄は心苦しかったですが、放送を通じて僕やスタッフたちの気持ちが少しでも多くの人に伝わればいいなと思いました。

――番組をYouTubeで拝見しました。廃棄されてしまう卵をなんとかしたいという若手スタッフの気持ちがヒシヒシと伝わってくる内容でした。直売所は閉められていたんですか?

直売所では生活必需品を販売しているので、時短営業や感染予防対策を取ったうえで開けていました。

――なるほど。そんな状況のなかで起きた鳥インフルエンザの感染。鶏をすべて殺処分しなければならなくなった、当時の状況を教えていただけますか?

養鶏場を見回っていたスタッフが、1カ所でまとまって死んでいた鶏を目にし、「少し気になる」と報告したのがすべてのはじまりでした。鶏自体に症状はみられなかったんですが、家畜保健衛生所の方に来ていただいて簡易キットを使って検査してもらうと、陽性が出てしまったんです。

まさかでしたね。

その後は本検査の準備をしたり、卵の出荷を止めたりとバタバタでした。

――どのような作業内容だったのですか? 

重機の操作をうちのスタッフが担当してくれて、僕は本部でスタッフにまとめて指示を伝える役割をしていました。行政の方や自衛隊の方にも助けていただきながら、ほとんど24時間体制で作業にあたっていましたね。2、3日家に帰れてなかったかな。

自衛隊や自治体との共同作業の様子

――北坂養鶏場は、大型ファンや開放鶏舎で空気の循環を徹底されているようですが、それでも感染してしまうのですね。

ええ。渡り鳥から感染したのか、なんなのか、運が悪かったんですかね…。

――からっぽになってしまった養鶏場を目の当たりにした時はどのような心境でしたか?

なんだか映画でも観ているような感覚でした。これは現実ではないんじゃないかという感じで。

それでも、不思議と「やめてしまおう」という気持ちにはならなかったんですよね。

 

養鶏場を救った支援と理解

――大事に養鶏されてきた約14万羽が殺処分されてしまうのは受け入れがたい現状ですね。ただ北坂たまごを支援する募金サイトWeb上で見かけました。こういった支援はほかにもあったのですか?

おかげさまで、たくさんありました。SNSなどで発信したわけではないのに、直売所にお金を持ってきてくれて「大変やったねぇ」と声をかけてくださる方もいて。そんなことまでしていただけるなんてと驚きましたね。

—-ちなみに、集まった支援の総額はいくらぐらいだったのですか?

約1000万円です。

――す、すごい金額ですね。

僕も金額を見て「ええっ」って仰天してしまいしました。何もお返しできないのに、どうしてみなさんこんなにやさしくしてくれるんだろう?と思いながら感謝の気持ちでいっぱいでしたね。国や保険会社の補償も完璧ではなかったので助かりました。

また、兵庫県ではじめて感染してしまったということで誹謗中傷も覚悟していました。でもひとつもなかったんですよ。鳥インフルエンザへの理解も昔よりは進んだのかなと思いました。

――首相官邸のサイトなどにもあるとおり、鳥インフルエンザに感染した鶏が生んだ卵を人が生食しても、感染する恐れはないんですよね?

そうです。感染することはありません。

実は鳥インフルエンザに感染したことがわかった2日後に、明石市にある無印良品のカフェミールで卵を販売するイベントに参加予定だったんです。

――参加されたんですか?

店長さんには、辞退の連絡をしたんです。でも「今だからこそ販売しましょう」と言っていただけて。

僕たちは出向けなかったので、むこうのスタッフの方々が感染する心配がないことを説明しながら売っていただき、完売したんです。

本当にありがたかったですね。

 

縁を繋ぐブランディング

――店長さんのやさしさがなんとも言えませんね。これだけたくさんの支援や理解が得られるのは、北坂たまごがこれまでやってきたことへのお返しではないかと感じてきました。

そうなのかもしれませんね。ただ僕たちがやってきたことはいたってシンプルです。

ーーどういったことをされてきたんですか?

まず、お客様に直接商品を届けることを大事にしてきました。

その一環でイベントや営業先に赴くことが多いのですが、交通費などの経費だけでマイナスになってしまうことも多かったんです。

「赤字になってまでやって意味あるんかな?」って思ったこともありました。

でも今回、みなさんからいろんな支援を受け、嬉しい言葉をかけていただいて、さらに家内にも「やっててよかったね」と言われてハッとしました。

やめなくてよかったです。

あと、生協さんに協力していただいて独自のブランディングに力をいれてきたことも芽が出てきたのかもしれません。

――独自のブランディングとは?

わかりやすく言うと「一緒に暮らしていける友達」を見つけていくことですね。うちの商品を一度買っていただいて終わりではなくて、ずっとお付き合いできる友達のような関係をお客様と築きあげていきたいんです。

――継続的に商品を買っていただけるお客様を作っていこうということですね。

そうですね。そのためには、卵やプリンをきっかけに「どんな人が育てて、作っててるんだろう?」とまず人に興味をもっていただくのが大事なのかなと。

例えば生協さんを通じて消費者の方に産地見学をしてもらうんです。そこで僕たち生産者のことや卵のことを試食しながら知ってもらう。うちのホームページやパンフレットも、そういった「人」を意識してデザイナーさんと一緒に作りました。

 

もちろんすぐには売上げにつながりません。それでもまずは人の「縁」を繋いでいくのが僕たちがやってきたブランディングです。

 

こだわりとこれから

 ――養鶏されている鶏のこだわりについて教えていただけますか?

こだわりは、「純日本産の鶏を育てている」ことです。父の時代から飼い続けているんですが、やめれないところというか変える必要のないところですね。

――純日本産の鶏って少ないんですか?

現在、純日本産の鶏は日本全体の4%しかいないんです。日本の卵のほとんどは海外の鶏から生まれているんです。もちろん国内で生んでいるので国産で間違いはないのですが、もともとのルーツが日本ではないんですよ。

今は、海外の鶏の方がコスパもいいし、採算もとれてよかったりするんです。それでも「自分の家族とか子供たちにはできるだけ日本の物を食べさせたい」とか「えさも自然なとうもろこしを使ってほしい」という要望に応えていきたい。海外産にせず、お客様の満足度を上げていくことがこだわりです。

――なるほど、あのプリンも純国産の鶏からできた逸品なんですね。現在は、コロナ禍ではありながら鳥インフルエンザ問題は一旦落ちつき、卵の販売も再開されています。北坂たまごのこれからの展望を教えてください。

卵に関してはまだ数とサイズに制限があるので、できる範囲で提供していっている感じです。

まずは、既存の羽数に戻して体制を整え直すことですね。「もみじ」と「さくら」の羽数を調整しながら、直売率をもう少し上げたい。なので需要が増えてきた「もみじ」を増販していきたいです。

 

――島内6カ所にある卵の自販機で販売されている「さくら」も完売しているところをよく見かけました。このおいしさを僕もみなさんに知ってほしいです。

コロナが落ち着いたら、できるだけたくさんの方に淡路島の直売所に遊びに来ていただきたいですね。僕たちの商品を実際に手にとって、食べていただいてこだわりを感じていただきたいです。

僕らの卵は日本全国に行き渡る量を作っているわけでなないので、ベストマッチする方に届いて欲しいなと思います。

 

――僕は「もみじ」と共に「たまごまるごとプリン」も大好きなのですが、もう購入できるんですか?

プリンはもう直売所やネットで販売再開していますよ。

――卵もプリンも買って帰ります!本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。

※ちなみに「たまごまるごとプリン」には新鮮な「さくら」が使用されています。

 

「5年前まで僕は世界で1番不幸だと思っていたんですよ。」

養鶏という一次産業の生活と密接した過酷さに嫌気がさしていた時期もあったと北坂社長は語ってくれた。それでも経営を続けてこれたのは、養鶏場を新しい出会いや発見の場にしていこうと見つめなおせたからだ。

あきらめないこと、こだわりをもつこと、そして人の縁を大切につないでいけば奇跡が起きること。北坂社長へのインタビューを通して、たくさんの学びをいただいた。

北坂たまごが復活していく様子を、たまごまるごとプリンを食べながら、これからも見守っていきたい。

 

※プリンはこちらから購入できます。

https://kitasakatamago.stores.jp/

 

最後になりましたが大変な状況下で取材させていただくことを了承していただいた北坂社長と奥様、直売所のスタッフの方々に深く感謝いたします。

編集:中村 洋太

 

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のぎ
兵庫県南あわじ市在住の兼業ライター。 瀬戸内近郊の新しい発見や魅力を、地元民の視点から取材してます。主にWebメディアで執筆中。