永遠ではない人生を、補い合って生きていくーー夫婦間腎移植を行った夫婦がいま思うこと

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夫婦間腎移植を行った経験をコラムにしたためながら、医療コラムニストとしても活躍されているもろずみはるかさん。最近では「腎臓生活チャンネル」を立ち上げ、Youtuberデビューも果たされました。今回はそんなはるかさんと、ドナーである夫・たくまさんに取材をさせていただきました。臓器を提供した夫・された側の妻、二人の心境と関係性の変化とは? そしてこれからも続いていく夫婦生活について、二人はどんな未来図を描かれているのか。コロナ禍の今だからこその気づきなど、これまで語られてこなかったエピソードを深掘りしながら、率直な気持ちをお聞かせいただきました。

目次

コロナ禍で腎臓をダメにしないために、妊活を中断

ー夫婦間で生体腎移植をされてもうじき3年経ちます。はるかさんの活躍はいつもメディアで拝見していますが、コロナ禍でお二人の生活に変化はありましたか?

もろずみたくまさん(以下、たくま):我が家に関していえば、普段とあまり変化がないのが正直なところですね。はるかさんが免疫抑制剤を飲んでいることもあり、普段から風邪を引かないように気をつけているんです。だから僕たちは、人混みを避けたりマスクを着用したりという生活様式には慣れていて。

もろずみはるかさん(以下、はるか):ただ、移植者がコロナにかかってしまうと、基礎疾患があるということで重症化する可能性があるんですね。「せっかく夫からもらった腎臓をダメにしてしまったらどうしよう」と考えると怖くて、自宅にいる時間が増えました。

ーはるかさんは定期通院がありますよね?

はるか:幸いなことに、移植者専門のクリニックが我が家から徒歩5分圏内なので、しっかり先生に腎臓をチェックしていただいています。ただ、問題は婦人科のほうなんです。大学病院内のクリニックに通わなくてはならないので、二の足を踏んだ時期が半年ほどありました。

ー手術後、妊活に積極的に取り組まれていると、記事で拝見しました。

はるか:そうなんです。38歳で腎移植に踏み切ったきっかけのひとつには、やっぱり妊娠の可能性にかけてみたいという理由もありました。腎移植を終えてお医者様からゴーサインが出て以来、真剣に取り組んできたんですが、そこへコロナ禍がやってきて……。年齢も40歳を超えてしまいましたし、焦りは感じていますね。しかも私は子宮にポリープができやすかったり、子宮内膜症の気もあるので、思うように妊活ができなくて。先日も炎症を起こして救急搬送されてしまって。だからいまは、夫婦で忍耐のときです。

たくま:子どもを育てることが、二人の人生にとってマストだとは考えていません。妊娠・出産は彼女の移植腎に負担を掛けることになりますし、不安は当然ある。でもそのなかで、様子を見ながらなんとか前に進んでみようか、というところです。

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ずっと共に生きていきたいから、夫婦間の移植に踏み切った

ーちなみに移植された腎臓の機能って、永久的なものではないのでしょうか?

はるか:そうなんです。いまの私たちの目標は、移植腎を20年間はがんばってもたせようね、ということ。それ以降はまた医学の力を借りながら生き方を検討していくことになるんでしょうけれど、それまではがんばって生き延びよう、と話しています。でも世の中には、提供者がいる限りは複数回移植を行うケースもあるんですよ。

ーそれは、移植し直すということですか?

はるか:身体の中に健康な腎臓を増やしていくんです。レアケースですが、お腹の中に3つ腎臓がある人もいると聞きました。一方で、さっきたくまさんが言った通り、亡くなった方からの臓器提供による腎移植というのは、とてもハードルが高い側面があります。優先順位に関してなどさまざまなルールがあって、運が悪いと「10年以上待っていたのに、たまたま臓器移植ネットワークからの電話に気づかずに提供を受けるチャンスを逃してしまった」というケースもあるそうです。

ー臓器の鮮度が重視されるため、ということですよね。お二人のように夫婦間で生体腎移植を行う方はどれくらいいるのでしょうか。

はるか:移植医療の世界では、珍しいケースではないんです。年間2000件の移植のうち9割が生体腎移植で、約40%が夫婦間移植。数だけ見ればレアケースですけど、ドナーとレシピエントの関係でいうと、夫婦間が一番多いですね。私の父も自分の腎臓を提供してくれると言ってくれたんですが、同じ世代でずっと人生をともにしていける夫婦間で行うのが私たちにとってはベストな選択だろう、という結論に達しました。

ーなるほど。そうは言っても、自分の健康な臓器をパートナーに提供しようと決断できる人が、一体どれくらいいるのかと考えてしまいます。愛情によっぽどの自信が持てない限り、難しいことのような気がして。なにより恐怖感は拭えないですよね。

たくま:我が家の場合、付き合い始めた当初から彼女の腎臓が悪いとわかっていたのは大きいでしょうね。結婚してから、徐々に数値や体調が悪くなっていく経過を見てきたので、それに伴い覚悟が決まっていったという感じです。

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はるか:私はもらった側なので、あげる側の恐怖や苦悩は正直わからないんですよね。夫は弱音を吐かないタイプなので、YouTubeを一緒にやってるドナーのかおりさんや移植医療の専門家である移植コーディーネーターさんからドナーの心理を学んでいます。ドナーの気持ちはドナーにしかわからないことなので、やっぱり葛藤はすごくあったんだろうな、と思います。

ー「夫の気持ちを知っておかなくては」という使命感があったりは?

はるか:使命感というよりは、単純に夫のことはなんでも知っておきたい、というのが本音ですね。私、夫のファンなんです(笑)。夫は常にシンプルでフラットな人だし、「何を考えているか理解できない」と悩んだことは結婚してから一度もありません。でも、いまだに日々発見があるのが面白いんですよ。コロナでリモートワークになり、夫がオンライン会議で部下の方とやり取りをしているのを見て、私、惚れ直してしまったんです。すごく丁寧な言葉で冷静に指示を出しているんですけど、言うべきことはビシッと言う、みたいな。「すごくいいじゃん……」って(笑)。

たくま:我が家は基本的に隠し事がなく、完全オープンなんですよ。あとは、割とどこに行くにも一緒。近所のスーパーにも必ず一緒に行きます。

はるか:すごく気が合うから、いつでも一緒にいるのが当たり前という感覚です。

「妻に嫌悪感をおぼえる」日記に書かれた夫の言葉

ー突然のろけ話が始まってしまった(笑)。本当に仲がいいですよね。移植の前に、お二人で交換日記を始めたという話を記事で読みました。

はるか:いつかの未来に交換するかもしれない「未来交換日記」ですね。あくまでそれぞれがいまの正直な気持ちを一切の忖度なしに書く、という約束で始めました。でも、移植手術前に、私がたくまさんの日記を覗いちゃったんですよ。そうしたら、本当に忖度のないことが書かれていてすごくホラーだった(笑)。

ー覗きたくなる気持ちはわかりますが……(笑)。一体どんな内容だったのでしょうか。

はるか:たくまさんとしては、移植前の私に安静に過ごしていてほしかったんですよね。自分の腎臓を提供するのだから、万全の状態で受け取ってほしいという気持ち。当然です。でも当時の私は、寝たり起きたりしながら、朝までダラダラと仕事をしていたんです。ある日たくまさんが出勤前に部屋に入ってきて、「お疲れ様、行ってくるね」と私の肩をちょっと揉んでくれて。私としては「気持ちいい〜、もっと揉んで〜」みたいな感じでいたんですが、あとあとその日の日記を見たら……。

ー怖い!!

はるか:「こんなときにもはるかさんは朝まで仕事をしている」「嫌悪感をおぼえる」「試しにはるかさんの肩に触れてみたが、思ったほどぞっとする気分にはならず安心した」みたいなことが書かれていて。うわ、あのときたくまさんはこんな気持ちだったんだ、と……。

たくま:当時の正直な気持ちですね。はるかさんに対する隠し事を書いているつもりはなく、あくまで自分の気持ちをそのまま書いたという感じです。鍵のついた場所にしまっておいたわけではないので、別に見られても問題ないという心境でした。ちなみに移植後の今でも、僕は継続して日記を続けています。

はるか:わたしはめっちゃサボってる(笑)。よく、「3年前のはるかさんはこんな状況だったよ」と教えてくれるよね。

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夫を「疲れやすい身体」にさせてしまうことへの罪悪感

ーはるかさんの天真爛漫ぶりを淡々と受け止めているたくまさんですが、実際に移植手術をする直前はどんな心境だったのでしょうか。徐々に覚悟を固めて来られたとはいえ、健康体にメスを入れるとなると、思うことがあったのではないかと想像します。

たくま:僕はマラソンが趣味なんですが、手術が決まってからは、「この大会が最後かもしれない」と思いながら参加していましたね。手術直前は、「もしかしたらこのまま死んでしまうかもしれない」という覚悟もしていました。手術の1週間前にはるかさんが先に入院し、僕は二日前に入院したんですが、病院に入る前日に一人で家の中をすべて片付けて、このまま帰ることがなくても大丈夫な状態にしたことを覚えています。

ー壮絶です。はるかさんはどんな心境でしたか?

はるか:私が一番不安に感じていたのは、ドナーが術後「疲れやすい体質になってしまうのではないか」ということでした。それまでマラソンをバリバリこなしてきたたくまさんを、疲れやすい体質にしてしまうことが、本当に申し訳なくて……。だから術後、検査結果についてたくまさんに聞いたんですけど、数日間教えてくれなかったよね。

たくま:手術の翌日に血液検査をしたんですが、腎機能の働きが以前の2分の1になっていたんです。2つある腎臓を1つ取ったのだから当然なのですが、数値を見るとその時ばかりはショックでした。その結果に対しての不安より、せっかく元気になったはるかさんをネガティブな気持ちにさせてしまうことが嫌だったので、数値についてはなかなか言えなかったですね。疲れやすくなったかどうかはわからないですけど、加齢によって誰にでも訪れる変化なので、手術のせいにする気持ちはまったくないです。

ー術後、お二人の間に「giveした側/giveしてもらった側」といった関係性ができてしまった、と感じることはないのでしょうか。

はるか:私が夫から「giveしてやった」みたいな気配を感じたことは1ミリもありません。正直移植前は、そういうことも覚悟していたんです。臓器を提供しているんだから、その対価が少しでも返ってこなければ、不満を感じるのは人として当たり前の感情だと思うから。でも微塵もない。怖いくらいです。

たくま:別にボランティアで提供したとは思っていないので。はるかさんが元気になって、以前より安定した幸せな生活が送れるようになるというのは、自分にとってもメリットですからね。足も揉まなくてよくなったし(笑)。

はるか:そうだね。以前は病気の影響でパンパンに浮腫んでしまう私の足を、たくまさんが数時間かけて揉み続けてくれる、なんてこともしょっちゅうだったんです。揉み疲れた彼が寝落ちして終わる、みたいな。最近は立場が逆転し、私がたくまさんの足を揉んでいます。たくまさんが揉まれながら寝落ちしてくれたら私の勝ち、みたいな。達成感がありますね。

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誰かに迷惑を掛けたくて掛けている人なんていない

ー聞けば聞くほど、助け合いの夫婦だなあと感じます。コロナ禍において「自助」という言葉がさかんに政治家の口からでたり、人に迷惑を掛けないことが美徳とされたりしているじゃないですか。とはいえ、人はいつ病気などの理由で倒れるかもわからない。そこでうまく人に助けを求めることって、実はすごく大事だと思っていて。

たくま:僕自身は、どちらかというと自助の人間なんです。「人に迷惑を掛けるな」と言われて育ちました。ただ、夫婦間であろうが仕事関係であろうが、困っている人がいたら、手を差し伸べないことは当然ないですよね。誰かに迷惑を掛けたくて掛けている人なんて、きっといないと思いますし。

はるか:私もたくまさんと同じく、「人様に迷惑を掛けないように」と厳しく言われながら育ちました。だから、特に自分の親以外の人に本当に頼っていいんだろうか? という葛藤はいまだにあります。でも移植手術をして圧倒的に変わったのは、たくまさんの家族との関係なんです。実母を亡くしていることもあり、近所に住んでいるたくまさんのお母さんや弟さんに、どうしてもSOSを出さざるを得ないことが出てきて。そうしたら、自分が思っていたよりずっと、私の甘えを受け入れてもらえたんです。今は妊活の相談とかもしているくらいです。「明日人工授精行ってきます!」なんてことまで報告してます。

ーそれはかなりの距離感ですね。

はるか:「人に迷惑を掛けたらいけない」という思い込みが壁になって、相手との距離をつくってしまうケースもあると思うんですね。友人関係でもそうですけど、長く続いている関係の相手とは、「ちょっと踏み込みすぎじゃない?」というくらいの距離感だったりしません?

ーわかります。

はるか:「それくらい自分でやりなよ〜」なんてたまにムカつきながらも、互いに面倒くさいことを承知で、面倒くささ全開で付き合っていける。そういう関係が私は好きです。パートナーも同じで、とりあえずは「全部出してみる」。

 

コロナ禍だからこそ、泣き言を言いながらも周りとたすけあっていく

たくま:変にギリギリまで我慢されるよりは、頼ってほしいというか、オープンに話し合うのが一番いいですね。まずい状況に対して先手を打って予防できるほうがありがたいので。

「助け合い」とは言いますが、広い視野で考えると、主人公ってきっと「助けを求める側の人間」だと思うんです。助ける側が自分の主観で何か提案したところで、それがヒットするとは限らない。だから、助けを求める側にいる人が、何をしてほしいかをそれとなくでもいいから話をしてくれれば、本当に適切な対応が取れると思います。

はるか:私もそうなんですけど、家族以外の人に「助けて」って、なかなか言えないんですよね。ギリギリまで我慢してしまうことで、かえって迷惑をかけてしまうタイプです。ただ最近コロナ禍の影響か、本心を出しやすい雰囲気ができ始めた気がするんです。世界中の人たちがフェアに悩みを抱えているような状況じゃないですか。だからこそ、プライベートなトラブルや身体の悩みを人に話したとしても、すんなり受け入れてもらえるモード、みたいな。「みんなつらいんだから、みんなで吐き出しながらなんとなく頑張っていこうぜ」というマインドセットになってきたと感じています。

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ーたしかにそうかもしれない。以前に比べると私自身も、「苦しいときはお互いさま」という気持ちになってきたような気がします。人の親切に対して感謝する機会も増えました。

はるか:そうそう。だから私も、妊活の影響で最近体調があまりよくなくて「あんなに期待で胸を膨らませていた自立的生活はどこへ……」とメソメソしているんですけど、それもまわりに正直に話すようにしています。もちろん、たくまさんにも。

たくま:夫婦共倒れにならないように。お互い補い合いながら、腎臓をできるだけ長くもたせていければいいなと思っています。

はるか:1日でも長く一緒にいられるようにね。歳をとって、いつかたくまさんにシモの世話が必要になったら、そのときはようやく私の出番なので(笑)、それまで元気でいたいですね。

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妻も夫も、主人公であり名脇役でもある

「助け合いという関係において、主人公は助けられる側」というたくまさんの言葉が印象に残りました。

今回取材オファーをするにあたり、「絶対にご夫婦一緒に話を聞かせてもらいたい」という筆者たっての願いが発端にありました。しかし、「夫は寡黙でシャイな人だから、あまり話すのが得意じゃないんですよね」とのはるかさんの不安げな返事。正直、あまり期待しないでおこうと思っていたのです。

しかし取材当日Zoom画面に現れたのは、柔らかな陽の差し込む明るいリビングを背景に、ごく自然な雰囲気で寄り添う夫婦の姿。いざ話題を振ってみると、ひとつひとつ言葉を選びながらも、はるかさんとの夫婦生活や臓器提供への正直な想いを繊細な部分まで丁寧に語ってくれたのは、むしろたくまさんの方だったのです。

冒頭の言葉から察する限り、たくまさんにとって、夫婦の主人公ははるかさんで、ご自身は脇役なのかもしれません。ただお二人の姿を見ていると、この夫婦は足りない部分を補い合いながら、肉体的にも、精神的にも助け合いながら生きているのだと感じさせられました。どちらも主人公であり、名脇役なのかもしれません。

まさに“細胞レベルで”繋がったふたり。まだまだ先の長い人生を、どんな風に歩んでいくのか。これからももろずみ夫妻の姿を追い続けていきたいと思います。

 

参考:日本臨床腎移植学会・日本移植学会・腎移植臨床登録集計報告(2020)<https://www.jstage.jst.go.jp/article/jst/55/3/55_225/_pdf/-char/ja>

<もろずみさんプロフィール>
もろずみはるか/医療コラムニスト・ライター
大学卒業後IT企業の事務員を経て2007年、広告制作会社に転職。未経験からコピーライターの基礎を学び、結婚を機に30歳で独立。フリーライターとして雑誌、書籍、ウェブなどで人物取材を行うも10代から患っていた難病が悪化し、2018年3月、夫がドナーを申し出てくれたことで「夫婦間腎臓移植手術」を受ける。その体験をもとに現在は「夫の腎臓をもらった私」(ウートピ)、「夫と腎臓とわたし~夫婦間腎移植を選んだ二人の物語」(yomiDr./読売新聞)などで医療コラムを連載。隔週金曜レインボータウンFMラジオ出演。新型コロナ騒動を機に、20年9月夫婦間腎移植を受けたドナーとレシピエントが実体験を語るYouTube「腎臓生活チャンネル」開設。