独学で世界一の靴磨き職人へ。杉村祐太が革靴にかける想いとは

2019年にロンドンで行われた靴磨きの世界大会、「World Championships in Shoe Shining」でチャンピオンになった日本人がいる。現在、静岡を拠点に活動する杉村祐太さんだ。

彼が経営する靴磨き専門店「Y’s Shoeshine」(イーズシューシャイン)に訪れるお客さんは、その半数以上が県外からだという。世界一の靴磨きを求め、なかには仙台から静岡まで、足を運ぶ人までいる。

なぜ、杉村さんは靴磨き職人となったのか、話を聞いた。

目次

革靴を磨いていた父の姿

杉村さんが革靴に興味を持ったのは、高校2年生のときだった。

「当時、みんなが履いていたローファーがあまり好きではなくて。どれも同じに見えたから、もっと違うものを履きたかったんです。でも革靴は、ローファーしか知らない。それで、革靴にはほかにどんな種類があるのだろう、と調べ始めました」

ファッション雑誌や洋服店のポスターなどから、革靴の知識を増やしていった。その頃、杉村さんは偶然入った靴屋で、セール品となっていた5000円の革靴を購入。ローファーではなく、ストレートチップ(つま先に一本の直線が入ったデザインの総称で、革靴の定番デザインのひとつ)の革靴だった。

杉村さんはその革靴を通学に履き、毎日磨いた。高校1年生のときに亡くなった父親が革靴を磨いていた姿を、幼い頃からよく見ていた影響だった。毎日歯磨きをするように、靴磨きも日々当たり前にするものだと思っていたと、杉村さんは話す。

お父様が靴磨きをされていた記憶は、いつ頃から?と尋ねると、「相当、小さいときからありますよ。『何やってるの?』って後ろから父親に抱きついて、のぞき込んで。『こうやってクリームを塗っていくんだぞ』と、教えてもらった覚えがありますね」と語った。

靴磨きを続けていくと、それまで好きだった車やバイクと同じくらい好きになる。気づいたら趣味となり、いつしか杉村さんは、学校の先生よりも輝く革靴を履く生徒となっていた。

靴磨き職人として独立

大学では建築を学ぶ。父親が造園の設計士だったこともあり、建築や設計に興味があった。卒業時には、建築士と施工管理技士の資格を取得した。

その一方で、大学時代はさらに靴磨きに熱中していた。靴磨きの本を読み漁り、YouTubeを観ながら磨き方を真似するなど、あらゆる方法で研究や実践を重ね、成果をノートにまとめた。杉村さんの靴磨きの技術は、現在に至るまですべて独学である。しかしそのノートは、今はもうない。

「ノートに書いた内容を頭に叩き込んだあと、川っぺりで見つけたドラム缶の中にぐるぐる巻きにして燃やしました。今考えると、なんてばかなことをしたんだって(笑)でも、当時は、『このノートを誰かに見られたらやばい!』と思ったんですよね」

大学卒業後は、地元静岡の建設会社に就職した。希望していた設計の仕事ではなく、現場監督として働くことに。体力仕事だったが、休みの日の靴磨きがストレス発散になっていた。しばらくして、地元の知り合いに背中を押され、路上や洋服店の店先で靴磨きを始める。

社会人6年目になり、希望を出し続けていた設計への異動が叶わないことを知る。30歳を目前に控え、靴磨き職人に挑戦しようと決心。建築士などの資格を持っていたため、もし靴磨き職人として失敗しても、資格を生かして別の仕事に就けばいいと考えていた。

靴磨き職人になることを周囲に伝えると、反応はさまざまだった。「杉村らしいね」と言われる一方、心配もされた。「靴磨きで食っていけるの?と聞かれたら、『食っていくんだよ』と答えていましたね」。

すでに靴磨きの技術はプロをも上回るレベルに達していて、2018年1月に行われた「第1回靴磨き日本選手権大会」では、第3位に入賞。翌年3月に世界大会でチャンピオンとなると、一気に靴磨き職人として有名になっていく。

ひとりひとりに合わせた靴磨き

2018年、杉村さんは念願の靴磨き専門店「Y’s Shoeshine」を静岡市にオープン。ところが、開業して一年半が経った頃、テナント主の新事業立ち上げに伴い、急きょ立ち退きを求められた。お客さんや百貨店からの依頼も増えてきて、これからというタイミングでの出来事だった。

元の店舗の開店に銀行から融資を受けていて、これ以上の借り入れができない。準備金を集める時間の余裕もない。悩んだ杉村さんはクラウドファンディングに挑戦することに。東京での靴磨きイベントでも、頭を下げて支援を求めた。

すると、お世話になった同業者やお客さんから支援が集まり、目標金額を達成。無事、2020年1月に、同じ静岡市内の現店舗に移転することができた。

しかし、移転した矢先に新型コロナが流行。売り上げは一気に落ちた。「少しでも営業につながることをしなくては」。そう思った杉村さんは、YouTubeで靴磨き動画の配信を始める。

自宅での靴磨きのコツを紹介した動画が反響を呼び、現在では、YouTubeがきっかけで来店するお客さんが一番多いと話す。

お店での杉村さんは、お客さんと話をしながら靴を磨いていく。会話のなかでお客さんのライフスタイルを把握し、磨き方を変える。たとえば、革靴で車の運転をよくする人と、革靴で歩くことが中心の人とでは、同じ靴でも磨き方が違うのだという。

「革靴を見た瞬間、5〜6通りの磨き方が頭に浮かびます。同じ革靴、同じ色でも、作った時期で革の性格が違うんです。あと、お客さんによってどのくらい履き込んだか、触り心地を確かめることも大事ですね。すべての靴に対して同じ方法で磨くということは、まずありません。一足ごとに、履く人に合った磨き方をしていきます」

「靴磨きはどの工程も面白くて楽しい」と杉村さんは話す。思ったように磨けないときでも、試行錯誤しながら良い方法を見出していく。すべて独学で学んできたからこそ、できることなのかもしれない。

「対面で磨くと1時間くらいかかるんですけど、好きなものを愛でている時間って本当に贅沢です。革靴はお客さんが自分で磨くこともできます。でも、特別なアイテムのメンテナンスにお金をかけて、大事なものにしていくのもまた大切なことだと思っています」

これまで、靴磨きをしてきたなかでうれしかったことを尋ねた。

「世界チャンピオンになったときは、もちろんうれしかった。でも、目の前で磨いて、靴をお返ししたときにお客さんの喜ぶ表情を見たり、『やっぱいいね』って言ってもらえたりすることが、本当にありがたいですね。自分を頼ってくれたんだって、うれしく思います」

これからやりたいことは、革靴のオークション。お客さんのなかには、今では手に入りにくい革靴を、家で眠らせている方も多い。その貴重な革靴を、求める人に循環させていく取り組みだ。

そして、いずれは浜松や沼津などの静岡の中心都市に、自身のお店を展開していくことも目標に掲げている。そこには靴の市場がまだ小さい静岡で、もっと革靴や靴磨きの文化を広げていきたいという杉村さんの想いがある。

「靴は飽きません。全く同じものがないですから。買ったときに同じ靴でも、履く人によって全然違ってきます。同じ靴しか買わないって人もいますけど、それでもすべて違う靴になるんです。単純な掛け算ではないから、靴磨きは面白いですね」

 

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(編集:中村洋太)