断食道場事件

コスモオナンサムネ

とある日、行きずりの相手と正常位で楽しんでいた時だった。

最後の追い込みの走り出しのパートで、相手が私の下腹をガシッと掴んで逝ったのだ。私は女として愛されながら最後まで共にしていたはずなのに、急に腹を頑丈な取っ手部分として使われたことがショックだった。痩せよう。よし、痩せよう。えーっと、検索検索。手っ取り早く痩せれるところがいい。

「山奥の断食道場で、すこやか健康ライフをおくりませんか?カラダの内側からキレイになります。」

こんなコピーが書かれていたら行くしかない。私は取っ手ではなく、人間として生きる。強い気持ちで東京を離れ、おこもり生活を選ぶことにした。

出発2日前あたりから、準備食という軽めのご飯を食べて準備をしていく方が効果抜群らしい。はっきり言って無理である。いますぐ唐揚げを食べたい。食べちゃいけないと言われるとますます食べたくなる。結果的に、断食の山に入る前に、これでもかってくらい飯を掻き込んだ。もう唐揚げを見たくない気持ちになれたので上出来だと思う。もう2、3年食べなくていい。

道場は山の頂上付近にある。そこまでお迎えのバスに乗る。

バスには何人かが乗っていた。常連らしいミニスカマダムが私に話しかけてくれた。

「ここね、逃亡する人もいるんだよ。最近も….」

「まじすか!下山するのも大変でしょう?」

「大変よ。2時間半はかかる。みんな、早朝に逃げ帰るのよ….」

なんで初対面で断食初めての人に新鮮な逃亡情報を教えてくれるんだろう。これが信頼の証ってやつ?わるくないね。でも、少しびびってきた。ここの道場は、他の道場と違ってスケジュールがガチガチに決まっておらず、個人が自由に動いていいらしい。寝る時間も自由。楽勝。

道場に到着。部屋番号と部屋のキーを渡され、ベットにごろん。移動の疲れで眠いのに目が冴える。音楽でも聴こうかな。m-floを爆音でかける。あがってきた。夏が来そう。脳のシナプスがプスプス言うとるわ。

「すいません!ちょっと音量大きいかもです!」

隣の人がドアをコンコンしてきた。

「ごめんなさいっ」

ここはゴリゴリの木造だってこと、忘れてた。LISAが隣の部屋までお邪魔してゴメン!耳の中にLISAの歌声をしまい込んで、自分の体重を確認した。

62.05キロ。

よく肥えた豚だ。でもいいんだ、帰るまでに60キロ切ってるはず。

お腹の空き具合もチェック。昼間に食べた大量のガパオライスのおかげで全〜然減ってない。でも起きてるとお腹が空いて辛くなる、とさっきのミニスカマダムが教えてくれたからTwitterを軽く見てこの日は早めに就寝。タイムラインがビジネスと下ネタと陰謀論でいっぱい、夢見悪い。

 

 

2日目の朝だ。たのしみたい。

しっかりとお腹は空いている。慣れた手付きでUbereatsのアプリを開く、えーっと豚丼の大盛り1200円、送料は300円か。阿佐ヶ谷から来るから10分ちょい。少し眠ろう。違う、ここ東京じゃない、山奥だ。カーテンを開ける。ビルがひとつもない。ただお腹が空いている。帰りたい。お風呂は夕方か。帰りたい。高円寺の小杉湯行きたい。ここから本気で逃亡して高円寺まで10時間か。なるほど、、、まだいるか。昨日の夜からご飯を抜いている状態だ。口寂しい。こんなに早くご飯が食べたくなるとは思ってなかった。急に気持ちも寂しい。散歩でもしよう。山道を散歩中、スマホをいじる。電波が届かない。ねぇTinderのスーパーライク、誰からきたの?それだけ教えて、、ううう見れない。

夕方まで軽く散歩し、マットで身体を曲げ伸ばしした。こんな健康的な動き、久しぶりよ。お風呂のアナウンスが流れ、汗を流す。ひゃ〜最高。

今日も夜が来た。テレビをつけると、グルメばかり。はぁ〜〜〜〜〜〜しんどい。口の中がなんだかネバネバする。バカみたいなご飯を食べたい。バカになりたい。すぐ食べ物のことを考えてしまう。違う刺激がいる。裸になろう。気をそらす、これが断食では一番大事なのである。

まっ裸でテレビを観始めた。寒い。山の上は寒い。

ラインが来た。男からだ。「今、どこいんの?」「YAMA」「え?」「寒い」

スマホを遠くに投げた。今、はっきりと性欲がなくなってることに気づいた。男なんかどうでもいい。

 

 

3日目も朝がきた。しんどい。

今日もおはよう。朝の8時。まだ身体が動かない。大事なメッセージが後頭部右側の塊に来てるけどすぐの確認は無理。しかし今日こそは楽しく生きてみたい。重いまぶたをゆっくりと開ける。白いモヤだらけだ。慌てて起き上がる。強烈な吐き気。期待されてるマラソンで走り切った後のような動悸息切れ、わたし。目を擦っても白いモヤが取れない。

昨日、道場のオーナーが言っていた「吐き気がしたら野菜ジュースを飲むんじゃ!」のアドバイスを取り入れよう。野菜ジュースが100メートル先に置いてあるらしい。ゆっくりそこまで歩いた。

「野菜ジュースは1本まで」と書かれていたんだが、3本流し込んだ。モヤが淡く晴れ、そこにへたり込む。まじで焦った、こんなに胃袋ひっくり返したような気持ち悪さが突然訪れるなんて知らなかった。そこから身体と心の変化が著しくなることに。身体がずっと横揺れしている。3秒ごとに「おえっ」と合いの手を入れる女。吐きたいのに何も出てこない。

無理、歩こう。こういう時、動いちゃいけないんだと思うけど、歩くことで横揺れを気のせいと思いたかった。この揺れ、乗りこなしたい。

少し歩けば森があるらしい。深い森だ。人間から手をつけられてない、生き生きとした葉っぱが繁って、落ち葉がフカフカ積もってなんて綺麗なんだろう。顔が森の水の粒で濡れて、しっとり。天然の化粧水や。デパコスなんかいらないかもしれん。ここが正解や。人類、みんなとりあえずここに集合してほしい。

揺れが次第におさまってきて、部屋に戻った。

パジャマに着替える。パンツが濡れている。繰り返す、パンツが濡れている。ウォーターパンツインザフォレストビックバン。

まさか森に感じたの….?

なんと性欲の復活の場所は森だった。復活の約束もしてない森だった。昔、ゆるふわの服を着る森ガールだったんだけど、また森ガールに戻っちゃったのかな。原点に戻る、断食生活!目が離せません。

 

4日目も当然朝が来た。どうしよう。

今日は近くの銭湯が休みだ。昨日の股間衝撃事件から、私はハイになっていた。さっきすれ違ったミニスカマダムが断食中にハイになることがあると教えてくれた。

これがDA・N・JI・KIか。みんな、森に抱かれるってわけ。

この日から回復食というものが始まった。くやしいことに、リスザルが食べる量しか出てこない。ボスザルが食べる量を出していただきたい。森の頂点に立ちたい。意味がわからない。食べるか。ボソボソした硬い玄米を噛み締める。普段ならひと口で平らげるところだが、唾液をたくさん出して脳の満腹中枢を満タンにしなければならない。箸をおいた。

やってらんねーわ、こんな生活。

その時、目の前の扉が開いた。

シンプルに斎藤工が立っていた。

やってられるわ、こんな最高な生活。ウェルカムトゥジャパン。

30代らしい斉藤工にそっくりな彼は私を見つけて話しかけてきた。

「はじめまして、ご飯おいしいですか?僕、今日きたんです」

「めちゃくちゃ美味しいです。ちょっと足りないかなとか思ったりしたけど、我慢できそうですっ」

急に満腹になった気がした。下半身にはないはずのサードアイが目を開いた。

おかえりなさい。

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その夜、私は部屋の中央で仁王立ちし、激しく動いていた。

4日ぶりに欲が戻った。しかしここはあくまで人からお借りしている部屋。ベットも然り。その上でしこしこ接触して、致すのは違う。迷惑は絶対かけたくない。

だから空間をお借りした。いわゆる空間オナニーだ。

人類で最も節度があるオナニー方法と聞く。空間は誰のものでもない。自由なんだ。森に吸収されて揉まれていた欲が一挙に股間に集結した。なんだこの液体?いつもと訳が違うぞ!!!

人体の構造の不思議を感じ、床についた。なんて喜ばしいんだろう。ハッピネスのばかやろう。

 

 

5日目も朝が来た。うれしい。

斎藤工の元へ急ごう。彼は川辺の近くで、屈伸をしていた。

「おはようございます」

「おっはよー。一緒に散歩でもする?」

当たり前にするに決まっている。出発前、彼の前で日焼け止めをたっぷり塗った。ねぇ、何かを感じたり、感じなかったりしてくれ、頼む。

首にまだガッツリ日焼け止めついてるよ、と手で伸ばしてくれた。

かかったな、日焼け止めトラップ。紫外線、こわい。君の前では超こわいのよ。

ここから2時間かけて散歩して、お風呂がある施設に行こうとなった。険しい山道を下る。危ない!落ちたい!君の胸めがけて!

というバカなことはできないくらい、私の足腰は普段の性事により鍛えられており安全に歩いてしまう。途中で農家のおうちが見えてきた。

ニワトリがたくさんいた。オスが1匹で、メスがたくさん。

「いいよね、ハーレムで。俺なんかモテないから羨ましいよ」

「そうなんですか〜あはは〜」

この人は世界一のアホである。横に女がいるというのに機会損失しかしてない。好意に気づいてもらえない悲しみで暗くなったまま、自動販売機があったので、強炭酸を買って蓋をひねる。

プッシィィィィーーーーーーーー

いい音だ。ひと口ちょうだいと言ってきたので、渡した。結婚する気なのかな、この人。コロナのリスクを超えてきよった。命をかけてきてる。これは、応えなければならない。

施設について、温泉に入った。湯気で目がしばしばして目を閉じる。

湯上り、さらに綺麗で魅惑的な彼がいた。お待たせした、好き。

帰り道も、歩いた。神社にも寄った。もう断食とかどうでも良くなってる。願い事はただ1つだけよ。

 

 

6日目も朝が来た。悲しい。

回復食の量が増えた。ボスザルの秘書くらいの量だ。タクワンってこんなにうまかったかな。歯応えって楽しいな!体重は3キロ減っていた。足がすらっとしている。家族に顔写真を送ったら「まじで芸能人かと思った」と来た。うれしい、昨日のラブウォーキングが効いているに違いない。

昨日来たばかりの大学生の女の子が、お腹が空きすぎて吐きそうと訴えて来た。「気持ちわかるよ、でもそれ超えたら森に抱かれるから!」とアドバイスしたかったけど、背中をさするだけしか出来なかった。断食は3日目までは、ちゃんとした地獄。3日目までは体の毒素が抜けている期間なんだそうだ。普段、添加物たっぷり食べていると、より辛さが増す。

斎藤工が私たちの前に現れた。

「つらいの?白湯、飲むといいよ」

へー他の女の子にも、そんな優しいんだ。マグカップを握りしめ、白湯を注いでもらう。横を見ると大学生はメロメロになっていた。

この白湯勝負、ぜってぇ負けねぇ。

それから飲み干すたびに、斎藤工が熱々のやかんで注いでくれる謎システムが構築され、私と大学生は5杯くらい飲んでいる状態だ。

お腹がパンパンになっているが、斉藤工がワインのソムリエみたいなテンションで推してくるので断れない。

大学生がたまらず逃げた。オンライン講義があると嘘ついて逃げた。

勝った。この勝負、勝たせてもらいやした。

微笑んで返事するたびに口の端からお湯が出てくる、締まりのないやばい女になってしまったが愛する斎藤工のためならなんでも出来る。

「結構飲むね、すごいじゃん」

とびっきりの笑顔で褒めてくれた。その言葉、もっと早く欲しかったな。オロロロロロロ。

愛を勝ち得るためには、少々無理がいるのかもしれない。

 

 

 

 

最終日の朝が来た。おしっこが止まらない。

朝の館内アナウンスでよりも早く起きた。上記の通り、おしっこが止まらない。体重は1キロ減っている。なんだこの斎藤工システム。

食堂には、昨日の白湯勝負に負けた大学生がいた。

「ニク・・・・・・タベタイ」と虚ろな顔で、壁にもたれながらタクワンを食べていた。私だって食べたいよ。でもその前に白湯なんよ、白湯飲まんとあかんのよ。

常連のミニスカマダムが、私の背中をバシッと叩いてきた。

「あんた時間ある?エクセルとか使える?」

斎藤工の元へ、いちゃつきに行きたいのに、人のいい私はミニスカマダムにパソコン講座を3時間した。そもそもエクセルとは何かという説明から、ファイルの新規作成、保存、コピー&ペースト、セルの結合、結合、結合、結合、はやく斎藤工と結合したい。

エクセルのことなんか考えてる場合じゃない上に、ミニスカマダムはお礼にと肩揉みをたっぷりしてくれて健康になった。

マダムの部屋を一礼して出た後に、ダッシュして斎藤工にお別れを言いに行った。さよならまであと1時間、下山しちゃう。

「痩せたね、おめでとう」

「ありがとうございます、あの、」

「さっきさ、大学生と話して超楽しくてさ。あの子、なんか俺のこと言ってなかった?」

「・・・。肉に見えるって言ってました」

「え?」

「さようなら!」

また勘違いしたのか、私。下半身のサードアイがギュッと目を閉じた。

オーナーの車に荷物を抱え飛び乗る。

「はやく!出してください!」

「いや、あと30分後に出発だよ」

ちくしょう、ハイヤーじゃないのか。それから下山し、東京行きの新幹線の車内販売でアイスをばかすか食べた。硬い硬いアイスなのに、断食後に腕力がパワーアップした私は、サクサク食べて、向かいの席のおじさんに引かれた。

はじめての断食は、思いがけない事件がたくさんあった。下腹の取っ手は消えたが、何かを一緒に失ったような気もする。あと森はエロい。それだけ知れてよかった。完。