めんどくさいのが苦手だ。
追われてなにかをやることから、逃げて、逃げて、先延ばしにしてしまう。
例えば、仕事。
件名に【緊急!!!!!】と書かれていて嫌な予感のするメールはつい見なかったことにしてしまうし、アウトレイジでフィクサーの側近やってそうな怖い顔した先輩との打ち合わせは、できるだけ日程を先にしてしまう。
最終的にやるという結果は変わらないのに、嫌なことを考えたくないあまり、つい先延ばしにしてしまうのだ。
生活でもそうだ。
洗濯機がまわり終わってもなかなか洋服を干すことができないし、ゴミ袋は6袋くらいためてしまうし、最低気温がひと桁になっても布団からNクールを剥がすことができない。
秋のNクールは夏よりも冷える。寒いのでどうにかしてほしい。
やってしまえば数分で済むのに、なぜかできないのだ。
ちょっとでもめんどくさそうと思うと、避けようとしてしまう。
脳みそに針がささっていて、めんどくさいことに出会うと「逃げろ!!」と命令をだされているとしか思えない。だれか僕の頭から針を抜いてほしい。助けてくれ!!
とにかく。
僕は、ちょっと考える、ちょっと動いてみるのがとても苦手だ。
なので、ちょうどいま話題になっている選挙も苦手だ。
だれに投票するか考えることもダルいし、投票に行くこともダルい。
そして、選挙期間の職場の人間関係。これが1番の問題だ。
僕の職場には、選挙期間だけテンションの上がる政治トークの愛好家がいるのだけど、その人の話に付き合わないといけなくなる。
自分はその人にお願い事をしないといけない立場なので、業務上、付き合うのを避けて通れない。
真剣な政策の話をしてくれるなら、勉強にもなるし、自分の考えを見つめなおすきっかけになるから問題ない。
でも、そのご年配の方は、自分の好きだった昔の政治家のエピソードを、選挙のたびにリピートするのだ。
彼は、仕事はできるけど依頼ごとをされると不機嫌になる職人タイプだ。
だから、こちらから仕事の依頼をする時は、うまくのせる必要がある。
何回も聞いたことのある話に「なるほど、田名角栄ってすごかったんですね!!」と大げさなリアクションを取ったり、
「相馬さんのこの会社におけるカリスマ性は、田名角栄と同じですね!!」と言ったり、
「相馬さんがサブウェイ好きなのって、角栄とサブウェイが同じ韻だからですか? もしかして相馬さんの正体って、エミネム……?」と褒めたり、
「相馬さんの角刈り、角栄の“角”を体現したかのような角刈りですね。お手本のような正方形です。さすがピタゴラスの生まれ変わりは違います!よっ、ミスターピタゴラスイッチ!!」と讃えたりしないといけない。
もう、めちゃくちゃにめんどくさい。
しかもアウトレイジに出てきそうな強面なので、話をするのも緊張する。
勘弁してほしいよ、相馬さん。いつものようにほっこりするお孫さんの話をしてくれ。
角栄がイヤなあまり、嘘をついて逃れようとしたこともある。
「親族が政治家にスカウトされました。家の都合で、しばらく政治の話はできません」
「言える人にだけ言っています。内緒にしてください。」
相馬さん含めて4人の先輩に嘘を伝えて、政治の話をしにくい人物になることで、角栄から逃れようとしたのだ。
でも、ダメだった。人事課長に呼び出されてしまったのだ。
その日のことは今でもよく覚えている。
呼び出しの日。
窓のついていない、定員2人の小さな個室に入り、座面の皮がところどころ剥げているイスに腰かけると、低いトーンの声で人事課長から言われた。
「あなたの家って、○○グループの人なの??」
「さすがに、そういうのは事前に言ってもらわないと……」
○○グループは、自分の地元の人で、知らないものはいないくらい有名な政治グループだ。でも、僕はまったく関りがない。家族にも、友達にも関係する人はいない。
だから、まったく意味がわからない。
「はあ、なんの話ですか?」
とりあえず、聞き直す。心当たりがないのだ。
「社内であなたが政治家の一族で権力をもって危ない人だって噂が流れているんだけど、どうなの?」
やっぱり意味がわからない。
「政治家の一族でもありませんし、権力もありません」
「本当に?ちょっと、なにか心あたりない?」
(…もしかすると、あれのことだろうか)
(それぐらいしか心当たりがない。よし、聞いてみよう)
「選挙のことに関係しています?」
「そうっ!選挙に出るってことを聞いた」
やばい、角栄から逃げるための嘘が変な形で伝わっている!!
これは噂の火の元を絶たないと、会社での生活に悪影響を及ぼす。
早く人事課長に謝って、犯人を突き止めて、噂が嘘ということを伝えないといけない。
「ほんっっとうに、すいません。ただの冗談です、気にしないでください」
とりあえず謝った。
よし、これで大丈夫。嘘の話をした4人に弁明してこよう。噂のことも聞いて、調査しよう。
「そうか。やっぱり嘘だと思ったよ。いやね、実は、君が政治的に危ういって言ってきた人がいたんだよ」
(あれ?噂じゃなくて、人事に密告した犯人がいるのか?)
「……ちなみに、誰が言っていましたか?」
聞いてみると、タバコでむせたようなしかめっ面をしながら人事課長は答えてくれた。
「……うーん、相馬のじいさんが、言ってたよ」
あの野郎!!
内緒と言っていたのに!!
しかも話を盛ってやがる。
人事課長との面談の後、話をした人に「冗談でした」と伝えてまわった。
そして相馬さんは、真実を伝えても「へー、そうなんだ」と興味なさそうにしていた。
最後、なぜか自部署の上司からも「変な嘘をつくのはやめろ」と注意された。
もう、散々だ。
角栄からは逃げられない。奴はどこまでも追いかけてくるのである。
本当に選挙というものは大変だ。
考える・行く・相馬という、めんどう三銃士がそろっている。
できることなら選挙とは距離をとってすごしたい。
こんな風に僕は選挙に否定的なのだけど、それでも行くようにはしている。
それは、世間や社会に対して、なにかを求めるという意志表示ではなく、あくまで自分の心のため。
僕の場合、政治にやってほしいことはわりとはっきりしている。
自分の住んでいる地方への経済対策だったり、地方と都市との情報格差の是正だったり、自分の抱えている発達障害への福祉政策の見直しだったり、政治への要望は明確にもっている。
でも、自分の要望が政治で叶えられることはないと思う。
今回の選挙の政策も調べたけど、やっぱり期待できないものだった。
他の大多数にとっては、そんなに重要なことではないからだ。
もっと多くの人が困っていることがたくさんある。
リソースに限りがある以上、自分や同じ属性をもった人たちの困りごとは、母数が少ないので、もし政治が何かをやってくれるとしても、後回しになる。
だから、投票に行って、自分の生活が変わることは期待していない。
もし僕自身が、政治や社会に対してなにか影響力をもった人間ならば、なにか活動して、もがこうとするけど、残念ながらそうではない。
ただ、選挙で自分の生活が変わらないとは言っても、参加しないのは違うような気がする。
なんというか、自分から社会や人生との勝負を降りるようで、ちょっとしたもどかしさがあるのだ。
この社会は、選挙というルールの上で成り立っている。
自分はなんのスキルもないので、この日本社会でやっていくしかないし、日本社会のルールでやっていくしかない。
選挙から降りるということは日本社会から降りる、つまりは、「この社会と自分の人生を諦めた」という宣言をして、なんとなく抱えている「いまはよくなくても将来はよくなるかもしれない」という希望まで捨ててしまうような気がしてしまうのだ。
政治には期待できない。
でも、自分の人生を降りたり、希望を捨てることはしたくない。
「人生を自分のペースでやっていくぞ」と思いたいし、未来への漠然とした希望も持ちたい。
だから、めんどくさくても、僕は選挙に行っているのだと思う。
さて。
うだうだと普段は考えない政治のことを考えてしまったのには理由がある。
相馬さんのせいだ。
【重要!!!!!】と書かれた相馬さんからのメールを開くと、「いま進めている案件の話をしたい」とあった。
「うーん、打ち合わせをどうしようかな」
「まあ、いいや、見なかったことに」
別のことを考えながら、向き合わないといけない現実から逃げていたのである。
でも、たまには、めんどうなことに取りかかるのもいいかもしれない。
政治のことを考えてみて分かったけど、僕は根拠はなくても希望を持ちたいタイプの人間のようだ。
めんどうな仕事に早く取り組むことで、もしかするとなにかいいことがあるかもしれない。
なんとなく、そう思った。
とりあえずやってみよう、きっと、いいことがあるはずだ。
そう考えながら、相馬さんへ「明日、打ち合わせお願いします」とメールを返信した。