「自分をやりきっていない」湧き上がる思いをきっかけに、45歳から歩み始めた絵描きへの道

サムネ

歳を重ねても、自分が何者なのか、何をしたいのか、何を幸せと感じるのかわからなくなることはありませんか。絵描き・ほしのしほさんがそんな状態から一歩踏み出したのは、45歳の時でした。コネクションや後ろ盾など何もなかったのに、なぜ絵描きになれたのでしょうか。その経緯について取材しました。

目次

時間を忘れて描いた日

7年前、お子さんが幼稚園を卒園するころ、しほさんの心境に大きな変化がやってきました。「自分をやりきっていない」。つまり、自分らしさを表現し切れていない。身体から湧き上がるその思いはどんどん強くなっていき、ある日韓流ドラマを観たあと、上質の画用紙に絵を描いてみようと思い立ちました。

「描いたのは、ドラマに出演していた俳優の横顔。画用紙に向かったらスッと集中し、あっという間に4時間が経ちました。絵を描くことがごはんを食べるのと同じくらい自然だった幼い日の感覚や、絵は自分と何かをつなぐツールだったことを思い出しました」

描くたびにSNSに投稿していると、イギリス在住のいとこから、「月の満ち欠けを見て思い浮かぶ言葉がある。そこに添える絵を描いてほしい」と声がかかりました。それで生まれたのが、新月、上弦、満月、下弦を1週間ごとに描いていく『月巡り』です。

「いとこの言葉と、そこからイメージして描いた絵をまとめて投稿していました。次を楽しみにしていますとか、ポストカードにしてほしいですとか、いろんな声が届いた2年間でした。〇〇をテーマに描いてほしいと依頼があったり、初めてのコラボ展『星の画と香り展』を実施したりしたのもこの時期です。発信すると誰かに届き、新しい扉が開くような日々だったなと思います」

「なぜかわからないけれどほしい」

発信や展示会は行っているものの、自分からさほど積極的には売りこんでいません。それにも関わらず、『星の画と香り展』を見に来ていた助産師の女性から仕事の依頼がありました。看護師の妹さんの勤務先がコロナ患者を受け入れるようになるため、見るとスタッフたちの不安が和らぐような絵を描いてほしいとのこと。打ち合わせた末に、アマビエさまの絵が完成。原画からポストカードを制作し、その売上は依頼主が関わるボランティア団体に寄付しました。また、インスタグラムでしほさんの絵を見た香川県の「栞と本とカレーの店・栞や」からは、12星座をテーマにした絵を栞にしたいとの連絡がありました。

「絵描きがたくさんいるなかで、なぜ私に依頼してくれるのか、理由はわからないです。でも不思議なことに皆さん感想が似ています。絵から何かを受け取りました、なぜかわからないけれどほしい、って。あと、一枚の絵のなかにいくつも世界があって驚いたって。上手だからとは言われない」

やぎ座
12星座をテーマにして描いた絵。こちらはやぎ座

描き始めた頃は、人に感動してもらえる絵って何だろう?上手に描くにはどうしたらいいだろう?と考えていたしほさん。

「権威付けで評価されるのが絵の世界だと思い、公募展に応募したことがありました。佳作だったけれど、受賞作以外にすごいなと思う絵があったり、優秀賞になりそうな絵も佳作だったり、何が基準なのかわかりませんでした。その疑問を抱えながらリアル、SNS双方でたくさんの絵を見て、たくさんの人たちと出会って思うようになったのです。ジャッジするのではなく、感性に合うか合わないか。それだけだなぁ、と」

人の感性はそれぞれ。それならば「描いたら見せてみよう」と、失敗作ですら描いている過程をSNSに投稿するようになりました。

「失敗作だと思っていた絵に、最後まで描いてくださいとか、ほっとしますとかメールが来たりするのです。本当に感性で受けとってもらえるのだとわかったら、肩の力が抜けて楽になりました。ふっと浮かんだり感じたりしたものをそのまま出したら誰かにヒットする」

「えんてん」と「ほしのしずく堂」が教えてくれたこと

えんてん
お絵描き寺子屋・えんてん

しほさんがそう思うようになった背景には、2年6ヵ月携わった「お絵描き寺子屋・えんてん」での体験があります。

「知人から紹介された場所をアトリエにしたいと契約したものの、商工会議所に相談したら、お絵描き教室でもしないと家賃を払っていけないのでは?と言われました」

当初は家賃目的で始めたお絵描き教室でしたが、そこに子どもを連れてきたお母さんたちの求めに応じて、大人向けの色や絵描きの講座のほか、ヨガ、料理教室、お話会などのワークショップも開催。さらには展示会も行い、いろんな立場のいろんな人が集まる場所になっていきました。

「自分軸がなく、言われるがままに動いたから、1年目は錯綜して大変でした。半年ぐらい1枚も絵を描けなかった。今だからわかるのですが、えんてんを維持する理由のなかに、人に求められる存在になろうという思いがあったのです」

『森の世界』
展示会で人気だった『森の世界』

全力で走り続けていた最中、沖縄薬膳料理店「ほしのしずく堂」のランチ会に参加。店主が話す、ほしのしずく堂の成り立ちや神様、目に見えない存在たちの不思議な話を聞きながら、内容を絵にしていました。それを見た店主から「おもしろいね。いつか、ここの話をまとめて絵にしてほしいな」と言われました。

「店主は芸術への造詣が深い方で、絵はもちろん、内面への気づきもたくさんもらいました。達観しようと思い、不平不満を口にしない、物わかりのいいふりをするなど頑張っていたけれど、努力して心を平静に保つのは不自然。自分らしく生きることは、自分のなかから湧き上がるものをそのまま受けとめることだ。格好悪くても、グダグダでも、湧き上がるものは私そのもの。そこを見つめるのが大切だと気がつきました」

自分に嘘をつかない。その先に見えるのは?

ほしのしずく堂
絵本『ほしのしずく堂物語』の原画

店主との話から生まれた絵本は、ほしのしずく堂開店7周年記念「星まつり」にて展示。その後、「えんてん」を始めてから初めてまとまった休みを取り海へ。そこで「えんてん」を手放そうと決めました。

「好きな時にビールを飲んだり海に入ったりしていたら、行きたいと感じた時に動ける身軽さがほしいと気がつきました。人に求められる存在になろうと思っていたけれど、大切なのはそこじゃないのがわかったし、求められたものを描くという課題がなくても描けることもわかってきた。これからは絵だけに集中しよう。そう決意しました」

自分のなかから湧き上がるものに素直になったら、絵のインスピレーションが増えたというしほさん。誰しも社会的な立場や人間関係などがあり、素直に受けとめるのは難しい場合もあります。何かコツはあるのでしょうか。

「素直になるというよりも、自分に嘘をつかない、違和感や疑問をなかったことにしない。そう表現したほうが近いかな。内から湧き上がるものをごまかしたとしても、そのうちまた違和感が出て苦しくなるから、なるべくスルーしません。あと、そろそろ自分が変わるタイミングかなと感じることがありますよね。今までしてきたことに戻る人も多いけれど、私は怖くても必ず変化を選びます。これまでそうやって歩いてきたら、いろんな人に引き上げてもらって今の私になりました」

損得勘定や誰かの評価を気にするのではなく、やってみたいからやる、もういいと感じたからやめる。そのように行動することで、見えてくるものがあるのかもしれません。

 

<ほしのしほさん Instagram>

・絵と気持ちが動いた時の記録

名倉志保 ほし の しほ(@shihonakura)

・絵と「えんてん」の始まりから終わりの記録

ほし の しほ+◯、えんてん(@hoshi_no_shiho_enten)

・作品紹介

ほし の しほ(@hoshi_no_shiho_art)

 

(編集:中村洋太)