小さい頃から家を見るのが大好きだった筆者。ネットで素敵な間取りを探していたところ「一般社団法人 日本間取り協会」なるものを発見。各地で「間取り学」を教えていて、間取りプランナーの資格を取得できる機関なのだとか。そこで日本間取り協会の上田康允(うえだやすまさ)代表理事(愛称 間取り先生)に、いい間取りと悪い間取りについて話を伺ってきました。
目次
挑戦は2つの間取りから始まった。
と思ったら、叩きつけられた間取り先生からの挑戦状。
ごめんなさい、違います。「買ってはいけない家はどっちでしょう」クイズです。不動産屋の娘であり、不動産広告や不動産系媒体で書いてきた筆者としては、この戦いに負けるわけにはいきません。全勝利宣言をだしておきましょう。
(だから単なるクイズですって)
ということで、
「その戦い、受けて立とうじゃないですか!」
(だから、単なるクイズですって)
みなさんも一緒に考えてみてください。基本的に間取りの見方は、何も書いていない状況なら、上が北方向。駐車場のある側が道路となります。
「こちらの図面で、買ってはいけない家はどちらだと思いますか。大きな違いは、キッチンの向きと納戸の位置です。上の間取りは、階段の下がトイレになっていますが、下の間取りは階段の下が納戸になっています」
といい示された1枚の挑戦状(だから間取りだってば!)……。
「ええと……納戸は大きいほうがいいので、買ってはいけない家は、納戸の小さい上の間取りの家!」
と元気よく回答。でも内心は、どちらも悪くない気がしている……なんて、ナイショです。
「正解です。ただ理由がちょっと違います。上の間取りの問題点は、動線の悪さにあります。
上はトイレに行くのに、3回曲がらないといけません。下は1回で行けるんです。往復でいうと、上は6回、下は2回。
1日に何回トイレに行くかは人によって違いますが、たとえば10回行く人なら、上は60回、下は20回になりますよね。
若ければは1日に60屈曲しても苦を感じない。でも年齢を重ねれば重ねるほど、60屈曲が億劫になっていくんです。なのでトイレへの動線はなるべく真っ直ぐなほうがいいので、下を買うべきですね」
な、なるほど。納戸の大きさで決めた自分が、恥ずかしい……。
「次はどうでしょう。こちらは単身者向けの間取りになります。買ってはいけない家はどちらだと思いますか」
これは簡単なので、即答。
「右側です!」
右側の洋室には、窓がない。窓がないと、換気ができない。でも左側の間取りは角住戸なので、通風や採光が期待でき、気持ちよく住めそうだ。
「左側が住んではいけない間取りですね」
えっ……(角住戸神話、大崩壊!)。
「左の間取りは、洋室に窓はありますが、風が流れるのは洋室のみです。
しかし水廻りに窓がないため、湿気が溜まりやすくカビが発生しやすい。住むなら、水廻りに窓のある右側の間取りのほうがおすすめです」
玄関横の窓の存在、完全に見落としていた……。
「リベンジお願いします!」
「ではこの間取りではいかがでしょう。住むべきではない間取りは、どちらだと思いますか」
「どちらもよくある間取りにしか……。違うのは、お風呂の位置ですかね」
「……(必殺、微笑み返し)」
ヒントをください! と叫びそうになる筆者。どちらの間取りも、友人宅に似ているし、よくありがちな住まいじゃないか。それを「買ってはいけない間取り」なんて言ったら、Aちゃんにバナナの皮をまき散らされるんじゃないのか。
いいや、そこじゃない。
ここは正解しておきたいのだ。私は間取り通になりたい。
「下がダメな間取りですかね……。道路側にお風呂があると、通りの人に覗かれるかもしれないし(徐々に声が小さくなる)」
言いながら理由のしょぼさに、凹む筆者。これじゃあ「納戸の大きさ」で間取りを選ぶのと変わらない。我ながら何とも浅はかな回答だろう。間取りに吸収されて、消えてしまい……。
「買ってはいけない間取りは、上ですね」
「でへへへへへ(もう笑うしかない)」
「ポイントは右側の道路があります。ここからの騒音ですね。上の間取りは、道路側に和室とリビングがあります。くつろぎのスペースに騒音が入りやすい間取りなんですね。
下はキッチンからしか騒音が入らない間取りなので、買うなら下のほうがいいですね」
目に見えない騒音のことまで気にして、間取りを見たことはなかった。間取り学、おそるべし。
知らないから、ユートピア?
クイズは残念な結果に終わった筆者。しかしあきらめの悪い人間なので
「住む人の状況や年齢によって、その家の住みやすさは変わってくるじゃないですか。だからクイズをやっても人によって、その答えは違うのでは?」
と悪あがきをしてみた。
「基本的に変わりません。年齢を重ねてからしんどくなる間取りは、若いときでもしんどいのに、気づいていないだけなんです」
なんですと?
「たとえば寝室が2階にある家と1階にある家。同じ時期に住み比べられたら、1階に寝室があったほうがラクなんですよ」
たしかに飲んで帰ってきたときに、2階の寝室までのぼるのは苦行といえる。目の前の我が家しか選択肢がないから、我が家がユートピアになっているが、実は住みやすい家を知らないからそう思い込んでいるだけ、というのは十分にあり得る。毎日寝起きするうちに、我が家に洗脳されて「ここが素晴らしい楽園」だと思い込まされているのだ。
ではどのような点に考慮して、間取りを考えていけばいいのだろうか。
大切なのはDNKS
「基本はDNKSです。Dは動線、Nは日照、Kは風通し、Sは騒音。この4つに配慮できている住まいであることが大切です」
結構、シンプルな考え方だ。だがすべてをクリアした間取りなんて、できるものだろうか。
「可能です。きちんと考えればできるんです」
何かを得るには何かを犠牲にする必要がある、と考えがちだ。だが間取り学の世界では違って、すべてをクリアにした家はつくれるという。それなら多くの人をハッピーにできそうだ。
では障がいのある人の住まいは、どうなのだろうか。母親が脳梗塞を患い、二世帯住宅に住んでいる筆者としては気になるところだ。
「基本的に障がい者の方も健常者の方も同様で、DNKSに配慮します。ただ車いすの方にとって、ユニバーサルトイレはとても使いやすいものです。それは健常者でも同じですよね。なので健常者の方も、DNKSを考慮しつつ、体が不自由になったとしても、使いやすい間取りを最初からつくっておくといいと思います」
なるほど。たしかに家にユニバーサルトイレがあったら、広々と使えていい。それに最初から、ユニバーサルデザインの住まいだったら、自分自身に何かあったときも安心して暮らせる。
とはいえ障がい者にも、いろいろな人がいる。さらに間取りに配慮が必要な場合もあるのではないだろうか。
「そのような場合は、DNKSを基本とし、その人の動きに合わせて間取りを極めていきます。なので考え方の基礎となる部分は、変わりません」
どのような人であろうが、いい家の条件は、最低限DNKSがクリアできていないとダメだということだ。
「家族が不幸になる間取りは、実際にあります。なかには家を建てたが、とにかく日当たりが悪く、冬はすごく暖房費がかかり、夫婦仲が悪くなってしまったご家族もいました。本当に離婚した方もいます」
間取りが引き金となって不幸になってしまうケースは多々あると、哀しい顔をする間取り先生。表情から「間取りで不幸になる人をなくしたい」という強い想いが感じられた。それは間取り先生自身が、悪い間取りの被害者だったためだ。
間取り先生が誕生したワケ
間取り先生は、以前、不動産業界とはまったく関係のない企業で働くサラリーマンだった。30歳のときに注文住宅を建てたところ、自分の要望はすべて叶っているけれど、とても住みにくい家に仕上がってしまったそうだ。
「工務店の一級建築士にお願いをしてつくってもらった家です。素人の自分では気づけないことにも、配慮してつくられていると思ったのですが、違いました」
工務店側は「上田さんの要望は叶えた」「契約書も交わしている」と取り合ってくれなかった。幸せを思い描いて建てた我が家。強い怒りをおぼえると同時に、他にも自分と同様に感じている人もいるのではと思った。
そこから異業種である不動産業界に飛び込み、ハウスメーカー・工務店で勤めた後、建築士となり建築家として独立。25年間、間取りについて研究した成果を「間取り学」というかたちまで構築し、2016年に一般社団法人日本間取り協会を設立した。
同協会では全国で、間取り学を教え、間取りづくりのプロである「間取りプランナー」を養成している。
これまでの不動産業界では、ライフスタイルに合わせてリフォームしていくのが、一般的だった。だが間取り学では「いい間取りは年齢や生活様式を問わず、住みやすい」という考え方なので、真逆の発想といえる。
「以前までの不動産業界は、間取りに特化して勉強するわけではなく、理論がないまま経験を基に、間取りがつくられていました」
そのため住み心地が悪い間取りや、リフォーム前提の間取りができてしまった。そんな家を増やさないためにも、理論だてて間取りを学び知識を得たうえで、家づくりをする必要があると感じ、間取り学を広めているのだ。
「当協会には、建築業界、不動産業界の方々をはじめ、一般の方が間取り学を習得しています。今後は使いやすい間取りが世の中にさらに広まっていくはずです。間取りは、人を幸せにもするし、不幸にもします。だからこそいい間取りをつくれるようになる『間取り学』は、人類の財産だと思いますよ」